偽りの夫婦〜溺愛〜
滞りなく、式が進んでいく―――――

双葉は隣に座っている紅羽を見た。
とても楽しそうだ。

「紅羽さん」
こっそり、声をかける。

「ん?」

「なんだか、楽しそうですね」

「楽しいですよ」

「………」
(どうして、楽しめるの?)
双葉は、不思議でならない。
少なくとも双葉は、楽しいと感じてない。

“屋敷を出れば、会えない時間が込山への想いを断ち切らせてくれる。
薬師寺家との繋がりが出来れば、両親達も喜ぶ。
こんな良い話はない”

そう、自分に言い聞かせてここまで来た。

でも……不安でいっぱいだった。
いくら愛情がなくても、一緒に生活をするということに。



そして――――ずっと、ニコニコ微笑んでいた紅羽。
ある夫婦が声をかけてくると、切なく顔を歪ませた。

「おめでとう、紅羽!」
「紅羽、おめでとう!
奥様、綺麗な人ね!」

「うん」

(あ…)
双葉は思う。

(この人なんだ。
紅羽さんの好きな人……)

「初めまして、双葉さん!
淀野(よどの)と言います!
紅羽とは大学生の頃から仲良くさせてもらってて…!
紅羽のこと、よろしくお願いしますね!」

「はい」
感じの良い二人だった。
明るくて、こっちまで元気になりそうだ。

「…………嬉しいな!」

「え?」

「紅羽にも、愛する人が出来て!」

「………」
(愛する人……)

「聞いてるかもしれませんが……
僕達、色々あったので…
ずっと、心配してたんです…!」

「………」

「幸せになってくださいね!」
「紅羽のこと、よろしくお願いします!」

太知と円華が微笑んでいる。

違う……!
紅羽さんの“愛する人は”私じゃない。
貴方の隣で微笑んでいる、円華さんなのに…

双葉は、控室での込山のことを思い出していた。

“幸せになってくださいね!”

込山も同じ事を言っていた。

幸せになれるわけない。
私達は、愛する人とは一緒にはいれないのだから……!

「……え!?」
「双葉さん!?」

「双葉さん、どうしました!?」

双葉は、泣いていた。
悲しくて、苦しくて……

すると、プランナーの女性が駆け寄ってくる。

「双葉さん、大丈夫ですか?」
ハンカチを出し、優しく目元を拭いてくれた。

「すみません。
少し、席を外したいです…」

「かしこまりました。
では、こちらに……」
プランナーに支えるようにして、会場を出た。

「………」
紅羽は意味深に、双葉を見ている。

「どうしたんだ…?」
「私達、何か気に障るようなこと言ったかな?」

「悪い。
僕は双葉さんのところへ行くから!」

「あ、あぁ…!」
「うん」

紅羽は、司会者に時間を繋いでもらうように話し、双葉の所へ向かった。
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