花美哉

10 秋華賞

京都競馬場の出張馬房で
厩務員タケルは秋華賞に出走するキウタに飼葉を与える

「よしよし、いいぞ」

レースに影響が出ない程度の飼葉を食べ切るのを見届け、頬を撫でた

美浦から京都競馬場へ前日輸送で乗り込んだ
春の桜花賞の出走や夏のクイーンSへの出走で輸送は経験してきたから、キウタの様子も悠然としたものだった

スカイブルーの右後脚キウタ

前年有馬記念当日のメイクデビューを優勝して、GⅡチューリップ賞3着、GⅠ桜花賞7着。
必勝を期して挑んだカーネーションCは2着に負けたが、夏のGⅢクイーンSで優勝した
そして、最後の3歳牝馬の栄光の舞台に出走する

2032年第37回秋華賞

4番人気に支持されていた
オッズは12.7を表示していた

1番人気は桜花賞馬ポッコで差のない2番人気はオークス馬パプルだった
戦前の予想では春のGⅠを分けあったこの2頭が抜けていて、3番人気にGⅡ紫苑Sを勝ったチャコ、続いてキウタだった

「よし、行こう」

装鞍所で鞍を付けて馬房を出る
引き綱を左手に握りしめてパートナーを先導する
言葉は一つも交わさなかった

タケルは十分勝負になると思っていた
夏のGⅢクイーンで古馬相手に優勝した、根拠は十分だ
調教師のミホーもオーナーのソソスも生産者のチャチャも同じ想いだった

あのスカイブルーの長い左脚を初めて見た時に、この馬は走らないと思った
しかし懸命に調教に耐えて、期待を遥かに上回る牝馬へと成長を遂げた
今ではチーム全体が彼女の虜になった

「着いたぞ」

無言の引き綱の先に光が射す
やはりGⅠのパドックは華やかで美しかった
そのまま周回に移る
誇らしかった
担当厩務員として二人三脚で歩んできたキウタと己の絆の最高の見せ場だ
自然と胸が張る

あとはリーディングジョッキーのバツクさんに手綱を委ねるだけだ

・・・・

秋の澄み渡った空気に緑の芝が映える
キウタがバツクジョッキーを背にターフへ現れた
返し馬でターフの緑にスカイブルーの右後脚の颯爽の残像が重なってエメラルドグリーンの色合いを帯びる

返し馬を終えてゲート裏を闊歩する
ファンファーレが響き4番ゲートに入る

・・・・

ゲートが開いてスタート五分に飛び出したキウタ
少し抑えて中断やや後方に構える
スースが逃げて1番人気のポッコが2番手、2番人気のパプルは最後尾だった
向正面に入り、1000m通過59.3秒のペースでスースが駆け抜ける
3コーナーに入りポッコが先頭に並ぶ
捲り気味に上がってきたサイダーがその後ろ3番手まで上がってきた
最終コーナーを抜ける
直線を向いた
パプルが後方から大外を回ってきて、末脚起爆のコースを取る

ポッコがスースの左側を交わし切り先頭に躍り出る
喰らいつくサイダー
残り1ハロン
大外のパプルが追い込んできた

キウタは?

先頭を翔る桜花賞馬ポッコ
1馬身後ろに伏兵サイダー
その2馬身後方にパプルが迫る

100m

剛腕ゴーゴー
激しく手綱を扱く
彼の両の腕がゴール板へ、真っ先に一頭を導いた

・・・・

ジョッキールームで最終レースが終了するまでアルコールを口にできない関係者、陣営がサイダーで祝杯を挙げた

キウタは14番目にゴール板を駆け抜けた

パプル 2着
ポッコ 3着

・・・・

「よくやったな」

脚元を入念にチェックするタケル
「よし」
立て髪を撫でる
「ありがとう」
無事に帰って来てくれたな
「本当に」
GⅠまで連れて来てくれた、浪漫をな
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