わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第1章〜元カレを見返すためにクラスの三軍男子をスパダリに育てることにします〜⑭
三軍男子の憂鬱〜深津寿太郎の場合〜
不知火にアームロックを掛けられた寿太郎《じゅたろう》は、その体勢のまま、ロクに抵抗することもできず、ズルズルと視聴覚室の外に引きずり出されてしまった。
女子の目の前(しかも、彼女たちは、オレの所属する三年一組のみならず学年全体を見渡してもヒエラルキー・トップの不動の一軍メンバーだ)で、醜態を晒すという思春期の男子学生にとって、もっとも屈辱的な仕打ちを受けたことも含めて、悪友の腕からチカラが抜けた瞬間、彼は身体を引き離して、すぐに抗議の声をあげる。
「不知火、いきなり、ナニしやがる!」
「おぉ……スマン、寿太郎。そんなに、チカラを込めたつもりはなかったんだがな……」
《《チカラを込めたつもりはなかった》》と、不知火は語るが、一九◯センチ近い体躯の人間に、その長い腕を巻き付かれた時の圧迫感は、恐怖すら感じる。
その恵まれた体型と身体能力を活かせば、彼らが通う高校の体育会系クラブの代名詞とも言えるアメフト部や、常時、部員募集中の柔道部でも活躍できるだろうに、こんなところで、自身に与えられた才能を無駄に使ってほしくないだ、と寿太郎は考える。
「いつも、説明なしの強引な行動は控えてくれ、と言ってるだろ」
彼が、部長として、そして、友人として忠告すると、珍しく、ややバツが悪そうな表情を浮かべた不知火は、
「スマン、スマン……瓦木からの提案が、あまりにタイミングが良かったもんだからな」
と、頭をかきながら苦笑し、今度は、声のボリュームを絞って、さらに言葉を続けた。
「寿太郎、お前自身を実験用モルモット……いや、《《貴重な非モテのサンプル》》として、瓦木のトータル・プロデュースを受けてもらう、というのは、表向きの言わば、撒き餌だ……」
「ハァ……!? 撒き餌って、どういうことだよ?」
不知火が、なにかトンデモないアイデアを思いついた時のいつもの言動と同じく、順序をふまない、一足飛びの説明に対して、疑問を投げかけると、悪友は、逆にこんなことをたずねてきた。
「まぁ、落ち着いて聞け……お前は、先週末、瓦木亜矢の身に起こったことを知ってるか?」
その質問に、大きく首を振ると、不知火は、「少しは、学内の人間についても興味を持った方がイイぞ」と、ため息をついたあと、クラスメートの女子の身に起こったことをかいつまんで説明してくれた。
「瓦木は、『歌い手』として人気のハルカって奴と交際していたことを、公にしていたんだが……どうやら、ふたりは、金曜の夕方に破局したらしい、ってウワサが、ネットに流れてる」
不知火が口にした、《《ハルカ》》という名前は、どこかで聞いた気がする。
しかし、その歌い手の存在以上に、気になるのは、瓦木亜矢が、その相手と破局した、ということだ。
さらに、不知火が言うには、「破局したらしい、ってウワサ」とのことだが――――――。
週明けのこのタイミングで、学内ヒエラルキー上位の一軍女子サマが、わざわざ(心理的に)辺境の地と言っても良い、映文研の活動拠点に赴いてきたことを考えると、彼女のプライベートに何かしら大きな変化があったのではないかと、寿太郎は、うがった見方をしてしまう。
そんな風に思考を巡らせていると、目の前の悪友は、彼の考えを悟ったのか、
「寿太郎、どうやら、俺と同じことを想像しているようだな」
と、たずねてくるので、肯定するように、だまって小さくうなずく。
こちらの反応に、ニヤリと表情を崩した不知火は、
「さて、そこでだ……」
と、ややもったいぶった口調で間を置いて、自説を展開し始めた。
「瓦木が、お前を《《ツケメン》》だか《《スポドリ》》だかになるようトータル・プロデュースするとなれば、当然、ふたりの接触の機会や一緒にいる時間は、増えるだろう」
(それは、イケメンもしくはスパダリと言いたいのか? わざとボケるにしても、もう少しマシなワードはなかったのか!?)
ツッコミを入れたくなる衝動をなんとか抑え、再び無言でうなずくと、友人の瞳は、まるで仄暗く光るロウソクの炎のように、怪しく揺らめいている。
興が乗るとは、こういうことを言うのだろうか?
どこか、楽しげな表情の不知火は、こう告げてくる。
「その間に、こっちからは、瓦木たちの素顔に迫るべく、撮影を続けるんだ」
そうして、ヤツから発せられる迫力を前にして言葉が告げないオレに対し、ダメを押すように、
「カメラのチカラで、キラキラの一軍女子サマの《《真の姿》》ってヤツを明らかにしてやろうぜ!」
と、言葉を結んだ。
オレは、暑苦しいほどの不知火の眼力に負けないよう、自分を鼓舞しつつ、友人に問い返す。
「つまり、瓦木たちの実態をドキュメンタリーの素材にしよう、ってことか?」
こちらの問いかけに、自身の意志が伝わったことを察したのか、不知火は、大きくうなずいて、さらに、同意を求める。
「そうだ! ボンクラ男子のイメチェン動画より、はるかに興味深い素材じゃねぇか?」
自分自身のことをボンクラと認めることに心は痛むが、なるほど、悪友の言うとおりではある。
「ヒエラルキー上位の女子の素顔に迫る――――――か、たしかに面白そうな題材だな。それに、これから他のクラブや生徒に取材を掛け合うよりは、はるかに時間短縮ができるしな……」
最後は、映文研の責任者らしく、取材交渉や撮影スケジュール、編集作業なども考慮に入れつつ、現実的な決定を下さざるを得なかった。
こちらの回答を耳にした不知火は、納得したような表情で、
「オーケー! さすが、我らが映像文化研究会の部長サマだ」
そう語ったあと、
「それじゃあ、ゲストたちのところに戻ろうぜ!」
と、言い残して、ひとりでサッサと視聴覚室に戻って行った。
友人は、寿太郎との関係を『水魚の交わり』に例えたが、この言葉の由来になった軍師・諸葛孔明は、こんな悪どいことを進言しないだろうし、ましてや、自分の組織のリーダーを危険にさらすこともないと思う。
「まったく、とんだ自称・天才軍師サマだ……」
彼は、独り言をつぶやきながら、不知火のあとに続いた。
不知火にアームロックを掛けられた寿太郎《じゅたろう》は、その体勢のまま、ロクに抵抗することもできず、ズルズルと視聴覚室の外に引きずり出されてしまった。
女子の目の前(しかも、彼女たちは、オレの所属する三年一組のみならず学年全体を見渡してもヒエラルキー・トップの不動の一軍メンバーだ)で、醜態を晒すという思春期の男子学生にとって、もっとも屈辱的な仕打ちを受けたことも含めて、悪友の腕からチカラが抜けた瞬間、彼は身体を引き離して、すぐに抗議の声をあげる。
「不知火、いきなり、ナニしやがる!」
「おぉ……スマン、寿太郎。そんなに、チカラを込めたつもりはなかったんだがな……」
《《チカラを込めたつもりはなかった》》と、不知火は語るが、一九◯センチ近い体躯の人間に、その長い腕を巻き付かれた時の圧迫感は、恐怖すら感じる。
その恵まれた体型と身体能力を活かせば、彼らが通う高校の体育会系クラブの代名詞とも言えるアメフト部や、常時、部員募集中の柔道部でも活躍できるだろうに、こんなところで、自身に与えられた才能を無駄に使ってほしくないだ、と寿太郎は考える。
「いつも、説明なしの強引な行動は控えてくれ、と言ってるだろ」
彼が、部長として、そして、友人として忠告すると、珍しく、ややバツが悪そうな表情を浮かべた不知火は、
「スマン、スマン……瓦木からの提案が、あまりにタイミングが良かったもんだからな」
と、頭をかきながら苦笑し、今度は、声のボリュームを絞って、さらに言葉を続けた。
「寿太郎、お前自身を実験用モルモット……いや、《《貴重な非モテのサンプル》》として、瓦木のトータル・プロデュースを受けてもらう、というのは、表向きの言わば、撒き餌だ……」
「ハァ……!? 撒き餌って、どういうことだよ?」
不知火が、なにかトンデモないアイデアを思いついた時のいつもの言動と同じく、順序をふまない、一足飛びの説明に対して、疑問を投げかけると、悪友は、逆にこんなことをたずねてきた。
「まぁ、落ち着いて聞け……お前は、先週末、瓦木亜矢の身に起こったことを知ってるか?」
その質問に、大きく首を振ると、不知火は、「少しは、学内の人間についても興味を持った方がイイぞ」と、ため息をついたあと、クラスメートの女子の身に起こったことをかいつまんで説明してくれた。
「瓦木は、『歌い手』として人気のハルカって奴と交際していたことを、公にしていたんだが……どうやら、ふたりは、金曜の夕方に破局したらしい、ってウワサが、ネットに流れてる」
不知火が口にした、《《ハルカ》》という名前は、どこかで聞いた気がする。
しかし、その歌い手の存在以上に、気になるのは、瓦木亜矢が、その相手と破局した、ということだ。
さらに、不知火が言うには、「破局したらしい、ってウワサ」とのことだが――――――。
週明けのこのタイミングで、学内ヒエラルキー上位の一軍女子サマが、わざわざ(心理的に)辺境の地と言っても良い、映文研の活動拠点に赴いてきたことを考えると、彼女のプライベートに何かしら大きな変化があったのではないかと、寿太郎は、うがった見方をしてしまう。
そんな風に思考を巡らせていると、目の前の悪友は、彼の考えを悟ったのか、
「寿太郎、どうやら、俺と同じことを想像しているようだな」
と、たずねてくるので、肯定するように、だまって小さくうなずく。
こちらの反応に、ニヤリと表情を崩した不知火は、
「さて、そこでだ……」
と、ややもったいぶった口調で間を置いて、自説を展開し始めた。
「瓦木が、お前を《《ツケメン》》だか《《スポドリ》》だかになるようトータル・プロデュースするとなれば、当然、ふたりの接触の機会や一緒にいる時間は、増えるだろう」
(それは、イケメンもしくはスパダリと言いたいのか? わざとボケるにしても、もう少しマシなワードはなかったのか!?)
ツッコミを入れたくなる衝動をなんとか抑え、再び無言でうなずくと、友人の瞳は、まるで仄暗く光るロウソクの炎のように、怪しく揺らめいている。
興が乗るとは、こういうことを言うのだろうか?
どこか、楽しげな表情の不知火は、こう告げてくる。
「その間に、こっちからは、瓦木たちの素顔に迫るべく、撮影を続けるんだ」
そうして、ヤツから発せられる迫力を前にして言葉が告げないオレに対し、ダメを押すように、
「カメラのチカラで、キラキラの一軍女子サマの《《真の姿》》ってヤツを明らかにしてやろうぜ!」
と、言葉を結んだ。
オレは、暑苦しいほどの不知火の眼力に負けないよう、自分を鼓舞しつつ、友人に問い返す。
「つまり、瓦木たちの実態をドキュメンタリーの素材にしよう、ってことか?」
こちらの問いかけに、自身の意志が伝わったことを察したのか、不知火は、大きくうなずいて、さらに、同意を求める。
「そうだ! ボンクラ男子のイメチェン動画より、はるかに興味深い素材じゃねぇか?」
自分自身のことをボンクラと認めることに心は痛むが、なるほど、悪友の言うとおりではある。
「ヒエラルキー上位の女子の素顔に迫る――――――か、たしかに面白そうな題材だな。それに、これから他のクラブや生徒に取材を掛け合うよりは、はるかに時間短縮ができるしな……」
最後は、映文研の責任者らしく、取材交渉や撮影スケジュール、編集作業なども考慮に入れつつ、現実的な決定を下さざるを得なかった。
こちらの回答を耳にした不知火は、納得したような表情で、
「オーケー! さすが、我らが映像文化研究会の部長サマだ」
そう語ったあと、
「それじゃあ、ゲストたちのところに戻ろうぜ!」
と、言い残して、ひとりでサッサと視聴覚室に戻って行った。
友人は、寿太郎との関係を『水魚の交わり』に例えたが、この言葉の由来になった軍師・諸葛孔明は、こんな悪どいことを進言しないだろうし、ましてや、自分の組織のリーダーを危険にさらすこともないと思う。
「まったく、とんだ自称・天才軍師サマだ……」
彼は、独り言をつぶやきながら、不知火のあとに続いた。