わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第2章〜映文研には手を出すな〜③
9月28日
三軍男子の溜息〜深津寿太郎の場合〜
映文研主催(と言っても、進行をしていたのは主に部外者であったが……)の打ち合わせが終わった翌日、三年一組の教室の自席で机に突っ伏したまま、深津寿太郎はため息まじりで、朝のS・H・Rが始まるのを待っていた。
我らが映像文化研究会に、福音と混乱のいずれか(あるいは両方かも)をもたらしそうな存在である瓦木亜矢のプレゼンテーションは、はたから見れば、説得力に満ちていたが――――――。
その企画の当事者、いや被験者と言っても良い彼自身の立場からすれば、一ヶ月と少ししかない、わずかな期間の中で、彼女の立てたプランどおりの変貌を達成できる自信など、微塵もなかった。
いや、彼女の自説が、説得力や根拠に満ちているほど、自分自身が、そのプランについて行けなかった時の周囲の失望は大きいのではないか――――――?
前日の打ち合わせが終盤に差し掛かり、室内の空気が、
「これは、もしかして、イケるかも――――――?」
という期待に変わりつつある時から、彼の中で、その不安は増すばかりであった。
「周りのヒトが、普段どんなことを言っているのか、どんな風に雰囲気が変わったのかを意識するだけで、わかることや見えてくるモノもあると思うんだ――――――」
彼女は、そんなことを言っていたが、今回の企画の当事者として、その周囲の想いとやらを想像するだけで、プレッシャーを感じ、胃のあたりが、キリキリと痛みだす。
そんなことを考えていると、朝のチャイムが鳴る五分前になって、週明けから二日連続で我が部の根城・視聴覚室を訪ねてきた三人の女子が教室に入ってきた。
彼女たちの登校が確認されると、教室内の雰囲気が、一気に賑やかになり、華やいだものになる。
きっと、アメリカの学園映画なら、ノリの良い女性ヴォーカルの洋楽がBGMにながれるだろう。
「おはよう、亜矢! 今朝は、調子イイみたいじゃん?」
「ゴメンね〜! なかなか話せなかったけど、私たち、金曜日のこと心配してたんだ〜」
そんな風に瓦木に声をかけたのは、女子の小松と神原。
亜矢本人や名塩奈美ほどではないが、彼女たちのクラスのカーストの上位の方に位置するふたり。
その立ち位置をスポーツなどに例えれば、一軍半と言ったところか……。
月曜の放課後に、不知火が語ったことが本当なら、先週末、瓦木亜矢のプライベートに、何らかのトラブルがあったのは間違いなさそうだが、それを寿太郎たちに感じさせない彼女の度胸というか、神経の太さは見習いたいところだ。
「ふたりとも、ありがとう! いつまでも落ち込んでられないしね! それより、もうすぐ、三日月祭のクラスの演物も決めないとだし、高等部最後のイベント、クラスみんなでガンバろう!」
一軍半の女子ふたりに声をかけられた亜矢が、そんな風に明るく返答すると、彼女のかたわらにいる友人の莉子と奈美が、揃って、
「イェ〜イ!」
と、合いの手を入れ、小松と神原も「ワ〜」と調子を合わせている。
教室後方の廊下側の自席から、教壇の目前で繰り広げられる
「これぞ、陽キャラ!」
という姿をまざまざと見せられたことを寿太郎が痛感していると、彼の席に近い小松と神原が席の方に戻ってきた。
しかし、教室の前方に背を向けた彼女たちの口調と言動は、わずか数十秒前とは、まったく異なるモノだった。
「落ち込んでるかと思ったのに、意外に元気じゃん?」
「さぁ、空元気じゃないの? なんか、一昨日から野球部の男子に声をかけようとしてたらしいし……」
「ハルカ君にフラレた次は、体育会系? どんだけ、オトコ好きなんだっつ〜の」
「昨日は、文化部のとこに入り浸って、コンピ研だか、映文研の部室に行ってたらしいよ?」
「えっ!? 映文研って、高須がいる、あの映文研? ないわ〜! いくらオトコに困っても、それだけはないわ〜」
「鼻毛女子のワードで、ネットに情報拡散されたから、ヤケになってんじゃないの〜?」
そう言って、彼女たちは、クスクスと笑い合っている。
その映文研の代表者にして、瓦木亜矢プレゼンツによる企画の当事者がいることなど、彼女たちは、まったく意識していないのだろう(幸か不幸か、高須不知火の存在感が強烈すぎて、寿太郎自身のことは認識がされにくくなっているのだろうが……)。
しかし、それ以上に、小松と神原のようすをうかがっていると、寿太郎の中に、
(さっきまで、瓦木たちとキャッキャッウフフと、騒ぎ合っていたのはナンだったんだ――――――?)
という疑問がフツフツと湧いてくる。
「周りのヒトが、普段どんなことを言っているのか、どんな風に雰囲気が変わったのかを意識するだけで、わかることや見えてくるモノもあると思うんだ――――――」
再度、瓦木亜矢の昨日の言葉を思い出すが、彼女が言いたかったのは、そういうことなのだろうか?
そして、もうひとつ、月曜日に悪友から持ちかけれた言葉を思い出す。
「カメラのチカラで、キラキラの一軍女子サマの真の姿ってヤツを明らかにしてやろうぜ!」
小松や神原のように、瓦木にも、裏の顔というものがあるのだろうか――――――?
S・H・Rのチャイム、そして、担任の来訪と同時に後方の扉から教室に滑り込んできた不知火の姿を横目で確認しながら、寿太郎は、いつの間にか、自分が当事者となっている例の企画以上に、瓦木亜矢の内面がどのようなモノか(ということともに、「鼻毛女子」というパワーワード)が気になっていた。
三軍男子の溜息〜深津寿太郎の場合〜
映文研主催(と言っても、進行をしていたのは主に部外者であったが……)の打ち合わせが終わった翌日、三年一組の教室の自席で机に突っ伏したまま、深津寿太郎はため息まじりで、朝のS・H・Rが始まるのを待っていた。
我らが映像文化研究会に、福音と混乱のいずれか(あるいは両方かも)をもたらしそうな存在である瓦木亜矢のプレゼンテーションは、はたから見れば、説得力に満ちていたが――――――。
その企画の当事者、いや被験者と言っても良い彼自身の立場からすれば、一ヶ月と少ししかない、わずかな期間の中で、彼女の立てたプランどおりの変貌を達成できる自信など、微塵もなかった。
いや、彼女の自説が、説得力や根拠に満ちているほど、自分自身が、そのプランについて行けなかった時の周囲の失望は大きいのではないか――――――?
前日の打ち合わせが終盤に差し掛かり、室内の空気が、
「これは、もしかして、イケるかも――――――?」
という期待に変わりつつある時から、彼の中で、その不安は増すばかりであった。
「周りのヒトが、普段どんなことを言っているのか、どんな風に雰囲気が変わったのかを意識するだけで、わかることや見えてくるモノもあると思うんだ――――――」
彼女は、そんなことを言っていたが、今回の企画の当事者として、その周囲の想いとやらを想像するだけで、プレッシャーを感じ、胃のあたりが、キリキリと痛みだす。
そんなことを考えていると、朝のチャイムが鳴る五分前になって、週明けから二日連続で我が部の根城・視聴覚室を訪ねてきた三人の女子が教室に入ってきた。
彼女たちの登校が確認されると、教室内の雰囲気が、一気に賑やかになり、華やいだものになる。
きっと、アメリカの学園映画なら、ノリの良い女性ヴォーカルの洋楽がBGMにながれるだろう。
「おはよう、亜矢! 今朝は、調子イイみたいじゃん?」
「ゴメンね〜! なかなか話せなかったけど、私たち、金曜日のこと心配してたんだ〜」
そんな風に瓦木に声をかけたのは、女子の小松と神原。
亜矢本人や名塩奈美ほどではないが、彼女たちのクラスのカーストの上位の方に位置するふたり。
その立ち位置をスポーツなどに例えれば、一軍半と言ったところか……。
月曜の放課後に、不知火が語ったことが本当なら、先週末、瓦木亜矢のプライベートに、何らかのトラブルがあったのは間違いなさそうだが、それを寿太郎たちに感じさせない彼女の度胸というか、神経の太さは見習いたいところだ。
「ふたりとも、ありがとう! いつまでも落ち込んでられないしね! それより、もうすぐ、三日月祭のクラスの演物も決めないとだし、高等部最後のイベント、クラスみんなでガンバろう!」
一軍半の女子ふたりに声をかけられた亜矢が、そんな風に明るく返答すると、彼女のかたわらにいる友人の莉子と奈美が、揃って、
「イェ〜イ!」
と、合いの手を入れ、小松と神原も「ワ〜」と調子を合わせている。
教室後方の廊下側の自席から、教壇の目前で繰り広げられる
「これぞ、陽キャラ!」
という姿をまざまざと見せられたことを寿太郎が痛感していると、彼の席に近い小松と神原が席の方に戻ってきた。
しかし、教室の前方に背を向けた彼女たちの口調と言動は、わずか数十秒前とは、まったく異なるモノだった。
「落ち込んでるかと思ったのに、意外に元気じゃん?」
「さぁ、空元気じゃないの? なんか、一昨日から野球部の男子に声をかけようとしてたらしいし……」
「ハルカ君にフラレた次は、体育会系? どんだけ、オトコ好きなんだっつ〜の」
「昨日は、文化部のとこに入り浸って、コンピ研だか、映文研の部室に行ってたらしいよ?」
「えっ!? 映文研って、高須がいる、あの映文研? ないわ〜! いくらオトコに困っても、それだけはないわ〜」
「鼻毛女子のワードで、ネットに情報拡散されたから、ヤケになってんじゃないの〜?」
そう言って、彼女たちは、クスクスと笑い合っている。
その映文研の代表者にして、瓦木亜矢プレゼンツによる企画の当事者がいることなど、彼女たちは、まったく意識していないのだろう(幸か不幸か、高須不知火の存在感が強烈すぎて、寿太郎自身のことは認識がされにくくなっているのだろうが……)。
しかし、それ以上に、小松と神原のようすをうかがっていると、寿太郎の中に、
(さっきまで、瓦木たちとキャッキャッウフフと、騒ぎ合っていたのはナンだったんだ――――――?)
という疑問がフツフツと湧いてくる。
「周りのヒトが、普段どんなことを言っているのか、どんな風に雰囲気が変わったのかを意識するだけで、わかることや見えてくるモノもあると思うんだ――――――」
再度、瓦木亜矢の昨日の言葉を思い出すが、彼女が言いたかったのは、そういうことなのだろうか?
そして、もうひとつ、月曜日に悪友から持ちかけれた言葉を思い出す。
「カメラのチカラで、キラキラの一軍女子サマの真の姿ってヤツを明らかにしてやろうぜ!」
小松や神原のように、瓦木にも、裏の顔というものがあるのだろうか――――――?
S・H・Rのチャイム、そして、担任の来訪と同時に後方の扉から教室に滑り込んできた不知火の姿を横目で確認しながら、寿太郎は、いつの間にか、自分が当事者となっている例の企画以上に、瓦木亜矢の内面がどのようなモノか(ということともに、「鼻毛女子」というパワーワード)が気になっていた。