わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜

第2章〜映文研には手を出すな〜⑧

 三軍男子の溜息(ためいき)深津寿太郎(ふかつじゅたろう)の場合〜

 クラスメートの女子二名と妹による協力のもと遂行中の『深津寿太郎・改造計画』。
 その第1フェーズ後半が実施された土曜日の午後、寿太郎(じゅたろう)は、針のむしろに座らされているような気分だった。

 映文研の備品であるデジタルハンディカメラを持ったクラスメートに、手ブレが発生しにくい持ち方を伝えようとしたところ、妹の柚寿(ゆず)と、今回の企画の立案者にして指南役の亜矢から、猛烈な非難を受けた彼は、柚寿が持ってきたダイニングテーブル用の小型伝言板(ホワイトボード)に書き込まれた

「わたしは、調子に乗って女子の身体を触ろうとした危険人物です」

というメッセージを常に首から下げておくように言われたからだ。

 自分の行動が軽率なものだったこと、樋之口莉子(ひのくちりこ)を不快な思いにさせるモノであったことは、十分に理解しているし、反省しているので、実施者の尊厳をないがしろにするような《《非人道的行為》》は、短時間で終了ということにしてほしい、と寿太郎(じゅたろう)は願ったのだが……
 気安く女子に触れようとするような危険人物には、ヒトとしての権利が認められない、と妹から、

「今日は、亜矢ちゃんの講義が終わるまで、そのままでいること!」

と、キツく言い渡されて、現在に至る。

 彼の謝罪に対して、セクハラ(という認識は、寿太郎(じゅたろう)にはないが、こうした問題はされた側の心情に寄り添うべきなので)被害者本人である樋ノ口莉子は、

「いいよ、そんなに謝ってくれなくても、私は気にしてないから……」

と、困ったような笑顔で応じたが、その表情で、加害者とされる男子生徒は一層、罪悪感を覚えることになった。
 
 さらに、言葉からも、態度からも、怒り心頭という雰囲気だった彼の妹や、恐縮しているようなようすの莉子と異なり、今回の指南役である亜矢は、表面上の言葉に大きな変化はなかったものの、明らかに不機嫌なようすが見て取れた。
 それでも、リュックサックに詰め込まれていた大量の荷物の中から、コームと呼ばれる眉を整えるクシ、眉バサミ、電動の眉毛シェーバーを起用に使いながら、彼女はまったく手入れをしていなかった寿太郎(じゅたろう)の眉をカットし、整えていく。

「来週以降に決めるヘアスタイルとの相性もあるけど……いまの印象からイメチェンするために、眉のカタチは、ソフトな印象を与えるアーチ型にしておこう」

 そう言って始められた眉の手入れは、三十分ほどで終了し、鏡で確認すると、自分の瞳の上には、山の部分に少し丸みを持たせたアーチ型の眉が出来上がっていた。

「スゴい! 陰キャで無表情だったお(にい)が、なんだか優しそうに見える……」

 柚寿が、そんな風に感嘆の声をあげると、カメラ越しに、眉の手入れの流れを確認していた莉子も弾むような声で同意する。

「ホントだ! 眉のカタチが変わるだけで、男の子も、こんなに印象が変わるんだね!」

 一方、手際よく寿太郎(じゅたろう)の眉を整えてくれた亜矢は、淡々とした口調で、今日のお手入れの内容と今後やるべきことについて、簡潔にまとめて伝える。
 
「どう? イケてる眉は、スッキリ整えられた清潔感のある眉毛が何よりも大事なんだ。一度、今回みたいな流れに沿ってきちんとカタチを整えてたら、あとは少し生えてきた産毛やムダ毛を一週間に一度くらいのペースで、週末のお休みの日なんかにサッと揃えるだけでイイから……」

 午前中、スキンケアについて語っていたときと比べると、午後は、明らかにモチベーションに差があったように感じるが、それでも、洗面台の鏡に映る自分の姿を見て、

「ありがとう、瓦木さん……自分でも、かなり印象が変わった感じがする」

寿太郎(じゅたろう)が、思ったことを素直に口にすると、彼女は、

「い、いまでナニもやってこなかったヒトの肌や眉を整えただけだから……」

などと、少し早口で語ったあと、穏やかな口調と表情で、男子生徒をチカラづけるように、伝えた。

「まぁ、ここからは、深津くんの努力次第だよ?」
 
 さらに、

「と、いうわけで、日頃のケアとメンテナンスは、怠らないように――――――」

カメラに向かって一言メッセージを添えた彼女の言葉で、『深津寿太郎・改造計画』の第1フェーズは終了となった。

 昼休みの休憩などを挟んだため、気がつけば、時刻は三時を大きく回っている。

 ここで、予定が完了したことを察したのか、スマホの待ち受け画面で時間を確認した莉子が、少し困ったように、友人に伝える。

「あっ、もう、こんな時間なんだ……ゴメン、亜矢。今日、夕方から家族で出かける予定があるから、亜矢の家まで一緒に荷物を持っていけないかも……」 

「そっか……でも、大丈夫だよ! 来るときも、北口駅までは、一人だったし……」

 そんな風に笑顔で、答える亜矢のようすを見ていた柚寿が、突拍子もないことを口にした。

「亜矢ちゃん、ちょっと待って! お(にい)が……ウチの(あに)が、『亜矢ちゃんをお家まで送りたい』って言ってます!」

 突如、予想外の言葉を発した妹に対して、寿太郎(じゅたろう)は、

「ちょ……柚寿、急にナニを言い出すんだ!?」

と、抗議の声をあげてたしなめるが、彼女は声を潜めて、彼に指示を出す。

「イイから、私の言うとおりにして、荷物を抱えて、亜矢ちゃんを家まで送って行って! あと、冷蔵庫に、おばあちゃんが買ってきた、《《トマガリ》》のケーキがあるから、それも一緒に持って行くこと!」
 
 たしかに、今日は、瓦木亜矢に大いにお世話になったが、自分の軽率な行為で不快な思いをさせてしまった樋ノ口莉子へのフォローを優先するべきではないか、と寿太郎(じゅたろう)は、考えるのだが、妹の意志は固かった。
(なお、柚寿の言うトマガリというのは、光陽園駅のそばにある、市内でも有名な行列必至の洋菓子店である)。

 大好物のケーキを譲ってまで、柚寿が彼女に気をつかう理由を寿太郎(じゅたろう)が理解することはなかったが――――――。
 
 こうして、彼は妹に言われるまま、クラスメートの一軍女子を自宅まで送ることになるのだった。
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