わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜

第2章〜映文研には手を出すな〜⑫

 10月4日
 
 ネット・スターの戦略〜瓦木亜矢(かわらぎあや)の場合〜

 深津家でのスキンケア&眉のお手入れ指南が終わって、週明けの登校日を迎えると、クラス内で彼の変化に真っ先に気づいたのは、ナミだった。

「へぇ〜、深津の顔の印象、だいぶ変わってるじゃん。もしかして、本格的に眉をイジった?」

 教室の廊下側後方の座席にチラチラと目を向けながら話しかけてくる友人に、教え子を褒められたような気分になったわたしは、笑顔で応じる。

「さすが、ナミ! 良く見てるじゃない? あとは、スキンケアの基本をミッチリ仕込んできたよ」
 
「ふ〜ん、たしかに表情だけじゃなくて、肌ツヤも良くなってる気がするわ。まずは、陰キャ脱出成功って感じ?」

「それは、どうかな? まだまだ、内面が追いついていないかも知れないし……それより、次のフェーズは、イメチェンに一番大事なヘアスタイルだから……ナミも、協力してよ」

「りょ! ウチも、たっぷり楽しませてもらわ」

 友人とそんな会話を交わしたのが、前日のことだった。
 第2フェーズ:ヘアスタイルの選定は、予定どおり、火曜日の放課後から開始される。
 
 映文研のメンバーは、先週と同じく、放課後に視聴覚室を訪れたわたしたち三人を大いに歓迎してくれた。

「瓦木先輩、流石ですね! 陰キャだった深津部長のイメージ、だいぶ変わってきてますよ!」

「肌の手入れと眉の手入れをするだけで、ホントに印象が変わるんですね! この企画、めっちゃ楽しくなってきました」

 二年生の浜脇(はまわき)くんと安井(やすい)くんが、感想を述べると、映文研の部長氏は、後輩たちに対して不満の声をあげる。

「オレは、お前らを楽しませるために、この企画をやってる訳じゃね〜ぞ」

 ただし、その声は、先週までの表情と抑揚に乏しい、暗い印象のモノではなく、仲の良い男子同士がじゃれ合ってる微笑ましい光景にも見えた。

「みんながイメージの変化に気づいてくれたのは嬉しいけど、『改造(イメチェン)計画』は、まだまだ、これからだからね! 今週は、イメチェンに最も欠かせないヘアスタイルの選定に入ります!」

 そう宣言したわたしは、続けて、

「そのために、今日は、コレを持って来ました!」

ジャジャ〜ンという効果音をとともに、ハイスペックモデル(第五世代)の十二・九インチダブレットを取り出す。

「iP◯dなんか出してきて、どうするんだ?」

 不思議そうにたずねる寿太郎に、

「ヘアスタイルを決められるアプリでも入ってんじゃね〜の? 知らんけど」

と、高須副部長が無責任ながらも鋭い答えを提示する。

「そう! このタブレットにインストールしてる『AIヘアスタイリスト』ってアプリを使えば、髪を切る前に、そのシュミレーションが出来るってワケ!」

「はぇ〜……タブレットでナンでも出来るんですね。便利な世の中だな〜」

 一年生の広田(ひろた)くんの言葉に、男子一同は、うんうん、とうなずいた。
 いや、いまは普通に美容室でも、使われてるアプリなんだけど……ここのメンバーに、美容室でヘアカットをしてもらう人物などいないことに、あらためて気付いたわたしは、ナミやリコと顔を合わせながら苦笑する。

「というわけで、さっそく試してみよう!」 

 そう言って、デフォルトの状態に戻していたアプリを起動し、性別の選択で『メンズ』をタップする。
 つづいて、

「はい! 寿太郎(じゅたろう)くん、撮るよ〜! 笑顔を見せて〜」

と、彼に声をかけてタブレットでの写真撮影を行った。
 撮影できた寿太郎の顔写真をナミとリコと一緒に確認し、いよいよヘアスタイルの選定に入る。

「どうせなら、プロジェクターで投影しようぜ!」

という副部長の発案で、タブレットと視聴覚室のプロジェクターを無線接続すると、天井から吊り下げられたスクリーンには、

 ・クール
 ・ストリート
 ・マッシュ
 ・モテ
 ・抜け感

という五つのジャンルの髪型イメージが表示された。

「まずは、()()から行ってみる?」

 明らかに、クラスの陰キャラ男子をイジるカースト上位の女子らしいノリで、提案するナミ。

「私は、深津くんのイメージをよりソフトな感じにする()()()が良いと思うけど……」

 リコも珍しく、自分の意見を主張してきた。

「そうだね〜。今回、眉を柔らかめに仕上げてるから、ストリート系とクール系はナシかな? じゃあ、わたしは、男性アイドル王道のマッシュ系を推そうかな?」

 わたしたち三人の激論を黙って聞いている男子たちをよそに、十数種類のスタイルをシュミレーションし、映文研メンバー六人と、ナミ・リコ・わたしを含めた合計九人の厳正なる投票の結果、『深津寿太郎・改造計画』に相応しいヘアスタイルは――――――。

 ・女子受けNo.1ショートウルフ(※アプリ表記のまま) 6票
 (投票者:名塩奈美(なじおなみ)・映文研の一年生&二年生・瓦木亜矢)

に決定した。
(ちなみに、リコと寿太郎はネープレスショートの髪型、高須不知火(たかすしらぬい)は、ショートモヒカンに投票していた)
 
「イイじゃん、イイじゃん! 横◯流星みたいでさ!」

と、はしゃぐナミに、

「佐◯健みたいで、カッコイイっす!」 

「俺たち、佐◯健の映画は『る◯剣』しか観たことないけど(笑)」

と、色々と問題アリそうな発言をする映文研の下級生たち。
 しかし、ヘアスタイルを大きく変えることになる寿太郎本人は、

「いや、モテ系とか言われるのは……言っとくけど、オレ自身が、女子受けとか狙ってるわけじゃないからな!」

と、やや難色を示している。

「どうする? どうしてもイヤなら、投票をやり直すけど……?」

 髪型という個人のアイデンティティーに関わる問題なので、一応、本人の意志を確認するが、

「いや、せっかく、オレたち非モテを代表して、部長にイメチェンしてもらうんだ。どうせなら、思い切り、振り切ろうぜ! なっ、寿太郎!?」

という副部長の強引な説得で、彼も最後は、渋々ながらも、多数決の結果に同意することにしたようだ。

「じゃあ、日曜日にメンズカットもしてくれる行きつけの美容室に予約を入れておくから遅刻しないでね」

 わたしの言葉に、あきらめたような表情でうなずく寿太郎をリコは、少し心配そうに見ていた。
 
 10月10日
 
 午後一番の時間帯に予約した美容室では、いつも、わたしの髪をカットしてくれる店長さんが、寿太郎のヘアカットを担当してくれた。
 ショートウルフの髪型を提案し、彼の変貌ぶりを「リアタイで見てみたい!」と言ったナミと、先週に続いて撮影係をかって出てくれたリコと一緒に、(店長さんのご厚意で)店内でヘアカットの終了を待たせてもらっていたわたしたちに

「おまたせ……」

と、声がかかったのは、カットの開始から一時間ほどが経過した頃だった。
 
 声の主の方に目を向けると、そこには、王道のウルフスタイルの髪型が丸みを帯びたラウンドフォルムにアレンジされ、ラフにはねたワイルドな雰囲気を残しつつ、女子からも好感度が持たれやすいソフトなイメージに変身したクラスメートの男子が立っていた。

「スゴい……もの凄く印象が変わったよ、深津くん……」

「ヤバっ! 深津、ちょっと写真撮ってイイ?」

 リコとナミが、カットを終えた寿太郎に、それぞれ声をかける。

 ――――――これは、連休明けの登校日が楽しみね。

 イメチェン計画の教え子の変身ぶりに、感嘆の声をあげているリコやナミも、きっと、自分と同じように感じているんだろうな、とわたしは考えていた。
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