わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第2章〜映文研には手を出すな〜⑬
10月12日
三軍男子の溜息〜深津寿太郎の場合〜
映文研メンバーと亜矢たち三人による合同投票の結果を受け、ヘアスタイルをショートウルフという髪型に変えて登校した初日、深津寿太郎が教室に入ると、ちょっとしたどよめきが湧き起こった。
「えっ!? 待って! 誰? 深津?」
「なんか、めちゃくちゃイメージ変わってない?」
教室内からは、そんな声が聞こえてくる。
映像文化研究会のメンバーとして、自分が被写体でなければ、映像的な演出効果を狙うなら、教室のドアを開けた瞬間、キラキラした星屑かバラの花びらが舞っているところかも知れないが――――――。
彼自身、自分がその立場になってみると、イメージチェンジを行った外見に中身がついて来ていないだけに、なんとも居たたまれない気分になっていた。
その喧騒の中、廊下に近い席に着くと、こちらに話しかけてくる女子がいた。
「ねぇねぇ、深津くん! めっちゃ、印象かわったんだけど、なにかあったの?」
「スゴいイメチェンだよね? 髪、どこで切ったの?」
二週間ほど前、瓦木亜矢のアドバイスを受け始めた頃、教室内でコソコソと彼女の話しをしていた、小松と神原のふたりだ。
登校直後の会話の初手から、名前をくん付けの敬称つきで呼ばれたことで、彼女たちの中で、自分のクラス内ヒエラルキーが上がったことを実感する。
彼女たちの言葉を醒めた目線で聞きながら、寿太郎は、なるべく、さわやかな声で、相手に伝わるように答える。
「あぁ……三日月祭で上映する、『冴えない男子をイケメンに変身させる』って、ドキュメンタリー映画を撮ってるんだけど……そのために、瓦木さんにアドバイスをしてもらってて……髪は、一昨日、彼女の行きつけのカットスタジオで、切ってもらったんだ」
『深津寿太郎改造計画』の情報解禁は、第2フェーズ終了後にするからね――――――。
そう言っていた瓦木亜矢の計画は、見事にハマったようである。
「えっ!? 亜矢のアドバイスなの?」
「すっごーい!」
目の前の女子二名が声をあげると同時に、寿太郎のアドバイザーであり、話題の中心である人物が登校してきた。
「あっ、亜矢! 聞いたよ! 深津くんのことなんだけど……」
その姿を目にするなり、ふたりは、すぐにオレの元を離れ、彼女に話しかけに行った。
そこから聞こえる、
「え〜? マジで〜?」
という嬌声を耳にしながら、クラス中の視線を受け止めることに、そろそろ限界を感じ始めた頃、今度は背後から聞き慣れた声がした。
「ほ〜、女子受けNo.1の髪型の効果はバツグンのようじゃないか? モテ男になった気分はどうだ、寿太郎?」
「どうもこうもねぇよ! 朝から、教室中の視線を受けて居心地が悪すぎる」
寿太郎は、小声で不知火に反論するが、友人は、いつものように、相手の気持ちなど意に返さないようである。
「まだまだ、これで終わりじゃないだろ? 今週は、瓦木に服装をトータル・コーディネートをしてもらうんだったよな? また、次の休日に会うのを楽しみにしてるぞ」
そう言って笑う悪友の顔を眺めつつ、急速に変化した外見に、中身が伴わない自分の不甲斐なさを痛感しながら、寿太郎はため息をついた。
10月15日
その週末のこと――――――。
寿太郎は、瓦木亜矢、名塩奈美とともに、繁華街に集っていた。
目的地は、カフェやキャラクターショップが入居する、小ぢんまりとしファッションビルらしい。
「この辺りで、洋服関連の買い物をするなら、高架下の方じゃないのか?」
待ち合わせの時間通り、JRの中央改札口に集合した彼女たちに、男子生徒が素人まる出しの質問をすると、亜矢は苦笑しつつ答える。
「まぁ、ストリート系ファッションなら、その方がイイんだろうけど……今日は、ちょっとコンセプトが違うからね」
さらに、友人の言葉に続いて、もう一人の付添人である奈美は、辛辣な言葉をぶつけてきた。
「でも、今日の深津の感じなら、そっちの方が良かったんじゃない? スケボー持って、ストリートに出かけそうな感じじゃん? せっかく、ヘアスタイルも整えたのに、なんで、ニット帽なんか被ってくるの? 裏通りで、怪しいクスリでも売りつけんの?」
ウケる〜、と最後に付け加えて語った彼女の言葉のとおり、この日の待ち合わせ時の彼のファッションは、カーゴパンツに、Tシャツとチェック柄のトップス、頭にはニット帽と、アメリカ映画に出てくるスケーター少年かマリファナの売人のような出で立ちであっただけに、そのツッコミを受けるのも致し方ないところかも知れない。
――――――とは言え、相変わらずの彼女の口の悪さに、閉口しつつ、
(あのブラ◯ド・ピットだって、人気が出る前は、こんな感じの役をやってたんだぞ!?)
などと、映画オタクらしく、寿太郎は、心の中だけで反論しながら、案内を任せて彼女たちのオススメする店舗について行く。
駅前のアーケード街の十字路に建つそのビルは、クラスメートの女子ふたりの付き添いがなければ気後れし、立ち入れなさそうな雰囲気を醸し出していた。
そんなこちらのようすなどお構いなしに、二階にある店舗に進んでいったふたりは、
「アヤ、今回はどんなコンセプトでいくか、もう決めてるの?」
「う〜ん、もう肌寒くなる時期だし、秋といえば、テーラードジャケットは必須だよね? ジャケットに合わせながら、寿太郎に、どんなインナーが似合うか、試してみたいなって思ってる」
「イイじゃん! 楽しそう! いろいろ試してみよう!」
彼女たちは、本人そっちのけで、妙にテンションを上げている。
あらかじめ覚悟はしていたが、本日の深津寿太郎の役割は、着せ替え人形で確定だ。
まずは、身体のサイズに合わせたテーラードジャケットとやらを羽織らされたあと、白シャツ、何パターンかのカットソー、色違いのジップパーカーなどを順に試着していく。
(良く観ている洋画なら、ここでBGMにポップスが掛かって、テンポの良いカットで観客のテンションを上げてる場面だよな〜)
寿太郎は、余計なことを考えながら、彼女たちのリクエストに合わせて、次々とインナーを着替えていく。
ただ、
「やっぱり、季節的にもシャツより、カットソーかパーカーかな〜?」
「それな! 色はブラックよりもチャコール系?」
などと、ワイワイ楽しそうに話し合っているふたりを見ていると、不思議と、彼の気分も上がってきた。
彼女たちのようすを想像しながら、お気入りの楽曲を脳内再生してみるのも悪くはない、と考える。ちなみに、彼の個人的なオススメの一曲は、アブリル・ラビーンの『スケーターボーイ』だった(選曲のセンスが古いのは、彼の好む映画の影響が大きい)。
こうして、トップスだけでなく、ジーンズ、チノパン、スキニーパンツなどのボトムスの着回し試着を終えた彼は、学生料金でも新作映画を二十本近く観賞できる金額を支払って、この日の戦いを終えたのだった。
三軍男子の溜息〜深津寿太郎の場合〜
映文研メンバーと亜矢たち三人による合同投票の結果を受け、ヘアスタイルをショートウルフという髪型に変えて登校した初日、深津寿太郎が教室に入ると、ちょっとしたどよめきが湧き起こった。
「えっ!? 待って! 誰? 深津?」
「なんか、めちゃくちゃイメージ変わってない?」
教室内からは、そんな声が聞こえてくる。
映像文化研究会のメンバーとして、自分が被写体でなければ、映像的な演出効果を狙うなら、教室のドアを開けた瞬間、キラキラした星屑かバラの花びらが舞っているところかも知れないが――――――。
彼自身、自分がその立場になってみると、イメージチェンジを行った外見に中身がついて来ていないだけに、なんとも居たたまれない気分になっていた。
その喧騒の中、廊下に近い席に着くと、こちらに話しかけてくる女子がいた。
「ねぇねぇ、深津くん! めっちゃ、印象かわったんだけど、なにかあったの?」
「スゴいイメチェンだよね? 髪、どこで切ったの?」
二週間ほど前、瓦木亜矢のアドバイスを受け始めた頃、教室内でコソコソと彼女の話しをしていた、小松と神原のふたりだ。
登校直後の会話の初手から、名前をくん付けの敬称つきで呼ばれたことで、彼女たちの中で、自分のクラス内ヒエラルキーが上がったことを実感する。
彼女たちの言葉を醒めた目線で聞きながら、寿太郎は、なるべく、さわやかな声で、相手に伝わるように答える。
「あぁ……三日月祭で上映する、『冴えない男子をイケメンに変身させる』って、ドキュメンタリー映画を撮ってるんだけど……そのために、瓦木さんにアドバイスをしてもらってて……髪は、一昨日、彼女の行きつけのカットスタジオで、切ってもらったんだ」
『深津寿太郎改造計画』の情報解禁は、第2フェーズ終了後にするからね――――――。
そう言っていた瓦木亜矢の計画は、見事にハマったようである。
「えっ!? 亜矢のアドバイスなの?」
「すっごーい!」
目の前の女子二名が声をあげると同時に、寿太郎のアドバイザーであり、話題の中心である人物が登校してきた。
「あっ、亜矢! 聞いたよ! 深津くんのことなんだけど……」
その姿を目にするなり、ふたりは、すぐにオレの元を離れ、彼女に話しかけに行った。
そこから聞こえる、
「え〜? マジで〜?」
という嬌声を耳にしながら、クラス中の視線を受け止めることに、そろそろ限界を感じ始めた頃、今度は背後から聞き慣れた声がした。
「ほ〜、女子受けNo.1の髪型の効果はバツグンのようじゃないか? モテ男になった気分はどうだ、寿太郎?」
「どうもこうもねぇよ! 朝から、教室中の視線を受けて居心地が悪すぎる」
寿太郎は、小声で不知火に反論するが、友人は、いつものように、相手の気持ちなど意に返さないようである。
「まだまだ、これで終わりじゃないだろ? 今週は、瓦木に服装をトータル・コーディネートをしてもらうんだったよな? また、次の休日に会うのを楽しみにしてるぞ」
そう言って笑う悪友の顔を眺めつつ、急速に変化した外見に、中身が伴わない自分の不甲斐なさを痛感しながら、寿太郎はため息をついた。
10月15日
その週末のこと――――――。
寿太郎は、瓦木亜矢、名塩奈美とともに、繁華街に集っていた。
目的地は、カフェやキャラクターショップが入居する、小ぢんまりとしファッションビルらしい。
「この辺りで、洋服関連の買い物をするなら、高架下の方じゃないのか?」
待ち合わせの時間通り、JRの中央改札口に集合した彼女たちに、男子生徒が素人まる出しの質問をすると、亜矢は苦笑しつつ答える。
「まぁ、ストリート系ファッションなら、その方がイイんだろうけど……今日は、ちょっとコンセプトが違うからね」
さらに、友人の言葉に続いて、もう一人の付添人である奈美は、辛辣な言葉をぶつけてきた。
「でも、今日の深津の感じなら、そっちの方が良かったんじゃない? スケボー持って、ストリートに出かけそうな感じじゃん? せっかく、ヘアスタイルも整えたのに、なんで、ニット帽なんか被ってくるの? 裏通りで、怪しいクスリでも売りつけんの?」
ウケる〜、と最後に付け加えて語った彼女の言葉のとおり、この日の待ち合わせ時の彼のファッションは、カーゴパンツに、Tシャツとチェック柄のトップス、頭にはニット帽と、アメリカ映画に出てくるスケーター少年かマリファナの売人のような出で立ちであっただけに、そのツッコミを受けるのも致し方ないところかも知れない。
――――――とは言え、相変わらずの彼女の口の悪さに、閉口しつつ、
(あのブラ◯ド・ピットだって、人気が出る前は、こんな感じの役をやってたんだぞ!?)
などと、映画オタクらしく、寿太郎は、心の中だけで反論しながら、案内を任せて彼女たちのオススメする店舗について行く。
駅前のアーケード街の十字路に建つそのビルは、クラスメートの女子ふたりの付き添いがなければ気後れし、立ち入れなさそうな雰囲気を醸し出していた。
そんなこちらのようすなどお構いなしに、二階にある店舗に進んでいったふたりは、
「アヤ、今回はどんなコンセプトでいくか、もう決めてるの?」
「う〜ん、もう肌寒くなる時期だし、秋といえば、テーラードジャケットは必須だよね? ジャケットに合わせながら、寿太郎に、どんなインナーが似合うか、試してみたいなって思ってる」
「イイじゃん! 楽しそう! いろいろ試してみよう!」
彼女たちは、本人そっちのけで、妙にテンションを上げている。
あらかじめ覚悟はしていたが、本日の深津寿太郎の役割は、着せ替え人形で確定だ。
まずは、身体のサイズに合わせたテーラードジャケットとやらを羽織らされたあと、白シャツ、何パターンかのカットソー、色違いのジップパーカーなどを順に試着していく。
(良く観ている洋画なら、ここでBGMにポップスが掛かって、テンポの良いカットで観客のテンションを上げてる場面だよな〜)
寿太郎は、余計なことを考えながら、彼女たちのリクエストに合わせて、次々とインナーを着替えていく。
ただ、
「やっぱり、季節的にもシャツより、カットソーかパーカーかな〜?」
「それな! 色はブラックよりもチャコール系?」
などと、ワイワイ楽しそうに話し合っているふたりを見ていると、不思議と、彼の気分も上がってきた。
彼女たちのようすを想像しながら、お気入りの楽曲を脳内再生してみるのも悪くはない、と考える。ちなみに、彼の個人的なオススメの一曲は、アブリル・ラビーンの『スケーターボーイ』だった(選曲のセンスが古いのは、彼の好む映画の影響が大きい)。
こうして、トップスだけでなく、ジーンズ、チノパン、スキニーパンツなどのボトムスの着回し試着を終えた彼は、学生料金でも新作映画を二十本近く観賞できる金額を支払って、この日の戦いを終えたのだった。