わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第2章〜映文研には手を出すな〜⑭
ファッション・ビルでの買い物を終えた寿太郎と亜矢は、 店名のロゴの入った紙袋を両手に抱え、男子生徒のマンションの最寄り駅である光陽園駅から彼の自宅に向かう。
「わざわざ、うちまで来てくれて申し訳ないな……」
自宅のマンションに続く坂をゆっくりと下りながら、寿太郎が、隣を歩く彼女に声をかけると、
「大丈夫だよ〜! この時間に家に帰っても、特にすることがあるわけじゃないからね〜」
と、朗らかな表情で答えが返ってきた。さらに、続けて
「それに……珍しく、ナミが気をつかってたみたいだしね〜」
と、苦笑する。
彼女の言う通り、ファッションビルでの買い物が終わったあと、今日のもうひとりのアドバイザーであった名塩奈美 は、
「わたし、高架下の方で買い物して行くから〜。ふたりは、先に帰ってて〜」
と言って、高架下商店街の方に消えていった。
そんな訳で、仕方なく、寿太郎たち二人は、ターミナル駅の西改札口に出来たばかりの(SNSでも話題になっていると亜矢が言っていた)ドーナツショップでテイクアウトの生ドーナツを購入してから、自宅に戻ることにしたのだ。
「ナミがいないのは残念だけど、ドーナツは楽しみだな〜」
寿太郎は、今日の買い物と自宅まで付き合ってもらったお礼に、週末は売り切れ必至という、買ったばかりの生ドーナツを亜矢にごちそうすることを約束していた。
帰宅すると、同居している祖母も柚寿も不在だったので、彼女を自分の部屋に招いて待機してもらい、リビングで紙袋から取り出した自分たちのドーナツを確保しつつ、飲み物を準備して自室に戻る。
別居している父親から譲り受けたモノが多いため、3LDKの自宅の中でも、一番大きな八畳の間取りである彼の部屋で待っていた亜矢は、アイスティーとドーナツをお盆に乗せて戻ったこちらの姿を見るなり、
「大きなお部屋だけど、モノがたくさんで、いかにも映画オタクって感じだね……」
と、ニヤニヤした表情で話しかけてきた。
「言っとくけど、フィギュアとかの類は、オレが買ったモノじゃないからな……父親が趣味で買ったものをこの部屋で飾ってるだけだぞ?」
「へぇ〜、そうなんだ〜。お父さんも映画好きなんだね?」
「マンガ家には、映画好きな人が多いらしい。創作活動として、通じるところがあるのかもな……」
「壁いっぱいのポスターも、お父さんのモノなの?」
「いや、それは、オレの趣味だ……」
そう答えると、亜矢は、
「ふ〜ん、なるほどねぇ〜」
と、言いながら、またニヤリと笑う。
「なんだよ……オレは、自室で動画の配信をしたりするわけじゃないから、背景のための白い壁にこだわったりしなくてイイんだよ……」
折りたたみのカフェテーブルにアイスティーとドーナツを置きながら反論すると、彼女は微苦笑をたたえたまま、質問をしてきた。
「まぁ、たしかに動画を撮影するには、あまり向いていない感じだよね……でも、映文研でずっと活動してるってことは、映画を撮ったりするのは好きなんでしょ? この前も、パウダールームでスキンケアの話しをしていたときに、カメラでの撮影方法とか編集方法について話してたよね?編集の仕方は、映文研より、わたしの方が、詳しいとか、なんとか――――――」
二週間前、自室の隣りにあるパウダールームで発生した事件は、自分の中でも、黒歴史になっていて、できれば思い出したくないできごとなのだが――――――。
ただ、亜矢が言っているのは、どうやら、その件ではないようだ。
「撮影方法は、前に話したとおりだし……あと、編集方法っていうと……あぁっ、ジャンプカットのことか?」
「ジャンプカット? なにそれ?」
彼女は、あのときと同じように、キョトンとした顔をしている。
「まぁ、言葉で説明するより、実際に映像を見てもらった方が早いな」
そう言ってからスマホを取り出して、ブラウザアプリを起動し、検索窓に『ジャンプカット』と入力して、一番最初に表示された動画を彼女に見せる。
動画編集ソフトなどをリリースしている世界最大手のソフトウェア企業が作成しているホームページに表示されたその動画は、キッチンでタブレットを手にした外国人女性が、瞬間移動したようにキッチンのあちこちに出没して料理を作るシーンが、わずか六秒で表現されていた。
「あぁ〜、こういう編集のこと……たしかに、わたしも、動画編集で良く使ってる! ダラダラと一方的に話している場面を見てもらうより、無駄な間は、どんどん削った方がイイもんね! リコに『手ブレのことは気にしなくてい良い』って言ってたのも、そういうことだったんだ……」
「さすが、動画配信者だな! 理解が早くて助かる。樋ノ口さんに撮影してもらったシーンもさ、カメラをパン……水平移動するときに手ブレが起こっていたから……その手ブレ場面を編集でカットしていけば、むしろ、テンポ良く映像を見てもらえる可能性もあるんだよ」
「そっか〜。そのジャンプカットは、ゴダールって人が始めたの?」
表示しているウェブサイトには、ご丁寧に『ジャンプカットの歴史を知る』という説明が付け加えられていた。
「そうだな! 一般的には、ここに書かれている『勝手にしやがれ』で、ジャン・リュック・ゴダールが初めて使用されたと言われることが多い。ちょうど、ブルーレイがあるから観てみるか?」
彼女が興味を持ってくれたことを幸いに、寿太郎は、個人的に思い入れのある名画の観賞を薦めてみたのだが……。
「う〜ん、せっかくだけど、その映画より、あの映画の方が興味あるかも……」
彼女は、ヌーベル・バーグの名作には関心示さず、別の作品のポスターを指差した。
「『マイ・フェア・レディ』か……まあ、それも、DVDならあるけど……」
ややためらいがちに返答する寿太郎に対して、
「ホントに! じゃあ、この映画を観てみたい!」
と、亜矢は、屈託のない笑顔を見せる。
そうして、スマホを取り出してから、カフェテーブルに置かれたドーナツとアイスティーの写真撮影を始めた。
そんな彼女の言動に浅くため息をついた男子高校生は、それでも、ドキュメンタリー映像の素材になるかも……と直感し、手に持っていた自分のスマホで、彼女が写真撮影をする光景を記録しておくことにした。
「わざわざ、うちまで来てくれて申し訳ないな……」
自宅のマンションに続く坂をゆっくりと下りながら、寿太郎が、隣を歩く彼女に声をかけると、
「大丈夫だよ〜! この時間に家に帰っても、特にすることがあるわけじゃないからね〜」
と、朗らかな表情で答えが返ってきた。さらに、続けて
「それに……珍しく、ナミが気をつかってたみたいだしね〜」
と、苦笑する。
彼女の言う通り、ファッションビルでの買い物が終わったあと、今日のもうひとりのアドバイザーであった名塩奈美 は、
「わたし、高架下の方で買い物して行くから〜。ふたりは、先に帰ってて〜」
と言って、高架下商店街の方に消えていった。
そんな訳で、仕方なく、寿太郎たち二人は、ターミナル駅の西改札口に出来たばかりの(SNSでも話題になっていると亜矢が言っていた)ドーナツショップでテイクアウトの生ドーナツを購入してから、自宅に戻ることにしたのだ。
「ナミがいないのは残念だけど、ドーナツは楽しみだな〜」
寿太郎は、今日の買い物と自宅まで付き合ってもらったお礼に、週末は売り切れ必至という、買ったばかりの生ドーナツを亜矢にごちそうすることを約束していた。
帰宅すると、同居している祖母も柚寿も不在だったので、彼女を自分の部屋に招いて待機してもらい、リビングで紙袋から取り出した自分たちのドーナツを確保しつつ、飲み物を準備して自室に戻る。
別居している父親から譲り受けたモノが多いため、3LDKの自宅の中でも、一番大きな八畳の間取りである彼の部屋で待っていた亜矢は、アイスティーとドーナツをお盆に乗せて戻ったこちらの姿を見るなり、
「大きなお部屋だけど、モノがたくさんで、いかにも映画オタクって感じだね……」
と、ニヤニヤした表情で話しかけてきた。
「言っとくけど、フィギュアとかの類は、オレが買ったモノじゃないからな……父親が趣味で買ったものをこの部屋で飾ってるだけだぞ?」
「へぇ〜、そうなんだ〜。お父さんも映画好きなんだね?」
「マンガ家には、映画好きな人が多いらしい。創作活動として、通じるところがあるのかもな……」
「壁いっぱいのポスターも、お父さんのモノなの?」
「いや、それは、オレの趣味だ……」
そう答えると、亜矢は、
「ふ〜ん、なるほどねぇ〜」
と、言いながら、またニヤリと笑う。
「なんだよ……オレは、自室で動画の配信をしたりするわけじゃないから、背景のための白い壁にこだわったりしなくてイイんだよ……」
折りたたみのカフェテーブルにアイスティーとドーナツを置きながら反論すると、彼女は微苦笑をたたえたまま、質問をしてきた。
「まぁ、たしかに動画を撮影するには、あまり向いていない感じだよね……でも、映文研でずっと活動してるってことは、映画を撮ったりするのは好きなんでしょ? この前も、パウダールームでスキンケアの話しをしていたときに、カメラでの撮影方法とか編集方法について話してたよね?編集の仕方は、映文研より、わたしの方が、詳しいとか、なんとか――――――」
二週間前、自室の隣りにあるパウダールームで発生した事件は、自分の中でも、黒歴史になっていて、できれば思い出したくないできごとなのだが――――――。
ただ、亜矢が言っているのは、どうやら、その件ではないようだ。
「撮影方法は、前に話したとおりだし……あと、編集方法っていうと……あぁっ、ジャンプカットのことか?」
「ジャンプカット? なにそれ?」
彼女は、あのときと同じように、キョトンとした顔をしている。
「まぁ、言葉で説明するより、実際に映像を見てもらった方が早いな」
そう言ってからスマホを取り出して、ブラウザアプリを起動し、検索窓に『ジャンプカット』と入力して、一番最初に表示された動画を彼女に見せる。
動画編集ソフトなどをリリースしている世界最大手のソフトウェア企業が作成しているホームページに表示されたその動画は、キッチンでタブレットを手にした外国人女性が、瞬間移動したようにキッチンのあちこちに出没して料理を作るシーンが、わずか六秒で表現されていた。
「あぁ〜、こういう編集のこと……たしかに、わたしも、動画編集で良く使ってる! ダラダラと一方的に話している場面を見てもらうより、無駄な間は、どんどん削った方がイイもんね! リコに『手ブレのことは気にしなくてい良い』って言ってたのも、そういうことだったんだ……」
「さすが、動画配信者だな! 理解が早くて助かる。樋ノ口さんに撮影してもらったシーンもさ、カメラをパン……水平移動するときに手ブレが起こっていたから……その手ブレ場面を編集でカットしていけば、むしろ、テンポ良く映像を見てもらえる可能性もあるんだよ」
「そっか〜。そのジャンプカットは、ゴダールって人が始めたの?」
表示しているウェブサイトには、ご丁寧に『ジャンプカットの歴史を知る』という説明が付け加えられていた。
「そうだな! 一般的には、ここに書かれている『勝手にしやがれ』で、ジャン・リュック・ゴダールが初めて使用されたと言われることが多い。ちょうど、ブルーレイがあるから観てみるか?」
彼女が興味を持ってくれたことを幸いに、寿太郎は、個人的に思い入れのある名画の観賞を薦めてみたのだが……。
「う〜ん、せっかくだけど、その映画より、あの映画の方が興味あるかも……」
彼女は、ヌーベル・バーグの名作には関心示さず、別の作品のポスターを指差した。
「『マイ・フェア・レディ』か……まあ、それも、DVDならあるけど……」
ややためらいがちに返答する寿太郎に対して、
「ホントに! じゃあ、この映画を観てみたい!」
と、亜矢は、屈託のない笑顔を見せる。
そうして、スマホを取り出してから、カフェテーブルに置かれたドーナツとアイスティーの写真撮影を始めた。
そんな彼女の言動に浅くため息をついた男子高校生は、それでも、ドキュメンタリー映像の素材になるかも……と直感し、手に持っていた自分のスマホで、彼女が写真撮影をする光景を記録しておくことにした。