わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第3章〜ピグマリオン効果・教育心理学における心理的行動に関する考察〜④
10月22日
LESSON3:ミックスボイスの習得
週明けから、自宅に帰り着いた直後に開始することにしたトレーニングのおかげで、寿太郎は、どうにか、鼻腔共鳴の技術まで、習得できたという手応があったのだが……。
亜矢が示した、イケボ獲得のための三つ目の技術・ミックスボイスの習得は、難航を極めていた。
「ミックスボイスっていうのは、地声と裏声(ファルセット)の中間に位置する声質で発声すること。地声のようにしっかりした声で、裏声のような高音域を出すことなの。ミックスボイスはいくつもある声質の種類の中で、特に習得が難しけど、プロの歌手必須のテクニックと言われるほど重要なんだ」
彼女の最初の説明だけで、寿太郎は、その技術を習得するハードルの高さは認識していたが――――――。
休日ということで、彼の部屋でトレーニングに付き合っている亜矢と柚寿の前で、実際に声を出して聞いてもらっているが、ふたりの反応は芳しいものではなく、彼自身もまったく手応がつかめない。
そんなようすを見かねたのかアドバイザーは、一般的には理解しやすい例を挙げて、アシストをしてくれてようと考えたようなのだが……。
「ミックスボイスのイメージがつかみにくいと感じたら、。『電話に出る時の声』をイメージしてみて! ほら、お母さんが電話に出るときだけ、声のトーンが1オクターブ上がるって感じたことない?」
「すまん……うちには、もう長いこと母親が居ないから、わからない……」
男子生徒の隣で、うんうん、とうなずく妹は、さらに、付け加えて、苦笑しながらも、冷静なツッコミを入れる。
「亜矢ちゃん、わかりやすい例を挙げてくれたのかも知れないけど……それって、多分、昭和の時代のあるあるネタだよね……令和の時代の私たちには、ちょっと実感しづらいかな……」
彼ら兄妹の反応の鈍さに、亜矢は一瞬「あっ……」と、気まずそうな表情になり、
「ごめん……ちょっと、配慮が足りなかった……」
と、素直に謝罪の言葉を口にする。ただ、そのあと、すぐに、
「でも、たぶん、寿太郎も電話で話す時に、声が通りにくいと思ったら、意識して高い声を出すよね? その時の感覚を思い出してもらえるとイイかも」
そう言って、こちらにも理解しやすいよう、ミックスボイスのコツを教えてくれた。
それでも、なかなかピンと来ない寿太郎に、彼女は、ミックスボイスの歌声に定評のある日本人アーティストの楽曲を紹介してくれた。
秦◯博・スピ◯ツの草◯マサムネ・ラ◯クアンシエルのh◯de・Official髭◯dismの藤◯聡……。
なるほど、と寿太郎も納得するように、どのボーカルもみんな、その歌声でリスナーを魅了している人たちばかりだ。
彼らの歌う曲の中から、ミックスボイスで歌われていると思われるパートを動画サイトで集中的に確認し、寿太郎は、イメージを膨らませていく。
続いて、アドバイザーは、ミックスボイスの練習ポイントも伝えてくれた。
・からだのチカラを抜く
・腹式呼吸をする
・喉を開いて歌う
・声帯を閉じて歌う
・地声から裏声に変わるポイントを探る
・喉に力を入れず裏声を出す
・鼻腔を共鳴させる
ミックスボイスを習得するためには、これだけのポイントを確認していく必要があるらしい。
あらためて寿太郎が感じるのは、これまで課題として取得を課されていた、複式呼吸や鼻腔共鳴などのテクニックが、最後の難関であるミックスボイスの習得にも大きく関わっているということだ。
午前中に始まったトレーニングは、昼食を挟み、陽が沈んだ夕方以降も継続された。
普段なら夕食が済んでいる頃になり、付き合ってくれている側も疲れがたまってきているのだろう、柚寿は背もたれ付きの椅子に深く背中を預け、天井を仰ぐような姿勢で、傘のように開いたファッション雑誌を顔の上に載せている。一方の亜矢も、腕を組みながら頭を下に向け、ゆっくり船を漕ぐように身体を揺らしていた。
そんなふたりのようすを眺めながら、長時間のトレーニングに付き合ってくれた感謝と申し訳なさが混じった複雑な感情で苦笑した寿太郎は、
(今日は、そろそろ切り上げ時か……次の声出しが終わったら、ふたりに声をかけよう)
と、心に決めて、最後の発声練習に挑む。
身体の力を抜いてリラックスし、腹式呼吸を意識しながら息を整える。
続いて、喉の開きをチェックするために喉仏のあたりに軽く触れながら、呼吸のたびに触れた部分が上下しているのを確認。
声帯が閉じている感覚をつかむため、一定の音量で息を吐き続けながら、今度は一瞬、声を止めて、ホラー映画の叫び声のごとく、「あ」の音に濁点がついたような低音で、「あ゛あ゛あ゛あ゛」と発声を行う。
そのまま、再び腹式呼吸を意識しながら、高音に挑戦し、自分の声が裏声に変わるポイントを探る。喉をリラックスさせると、高音の裏声を出すコツがつかめた。
最後に、やや少なめの息の量でハミングを行い、徐々に息の量を増やしていくと、声が響く息の量が把握できた。
喉だけでなく、身体全体がリラックスできたことが実感できたので、そのまま発生を試みる。
その瞬間、
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
という伸びやかな声が発声されると同時に、ふたつの感触が混じったような奇妙な感覚に襲われた。
口の中で声が響いている感触と、口の奥から頭の上へ声が突き抜けていく感触――――――。
(これか? この感覚なのか!?)
気分が高揚すると、発声時の伸びのある声は、消えてしまったので、もう一度、身体全体と喉のチカラを抜いて、発声する。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
(やった! これだ! きっと、この感覚だ)
手応えを感じて思わず中指を親指で弾いて、パチン! と鳴らすと、いつの間にか、目を開けて、こちらのようすを眺めていた亜矢が、
「やったじゃない! 寿太郎、それ、その声がミックスボイスだよ!」
と、飛び跳ねるように、オレに抱きついてきた。
そして、クラスメートの声に反応したのか、雑誌を顔に載せたままの状態で、ビクリと身体を動かした柚寿が、ずり落ちる雑誌を上手くキャッチしながら、
「えっ!? ナニ? お兄? ついに成功したの!?」
と、声をあげる。
「あぁ、感覚が掴めた気がする! ちょっと、聞いてみてくれ!」
そう言って、スパイアニメのオープニング曲としても使用された『ミックスナッツ』のカラオケバージョンを動画サイトで再生させ、ワン・コーラスだけ歌ってみた。
高揚した気分だったものの、声が途切れてしまったさっきの失敗の反省をいかして、身体全体をリラックスさせることを意識しながら歌うことができたためか、これまでとは、まるで違う歌声で、歌詞をうたいあげることができた。
「亜矢ちゃん、コレだよね! お兄の歌声、変わってるよね!?」
「うん、ちゃんと歌えてるよ! あとは、この感覚を忘れないように、腹式呼吸や鼻腔共鳴の練習もあわせてやっていけば、大丈夫!」
ふたりとも、興奮が抑えきれないのか、寿太郎以上にキャッキャッとはしゃぎ、飛び跳ねている。
気がつくと、時刻は、午後八時を回っていた。
こんな時間にワイワイと騒ぐ声がするせいか、コンコン、と大きめのノックがされてドアが開き、
「えらく賑やかだねぇ……でも、そろそろお開きにする時間じゃないかい?」
と、リビングにいた祖母が、声をかけてきた。
「あっ、ゴメン、祖母ちゃん」
「す、すいません……夜、遅くまで……」
寿太郎と亜矢が、ほぼ同時に謝ると、祖母は、優しい笑顔で、こう言った。
「まあ、明日は日曜日だし、はしゃぎたい気持ちもわかるけどね……ただ、もうこんな時間だ。寿太郎、彼女を駅まで送ってあげな」
「わかった! 亜矢、今日は遅い時間まで付き合ってくれて、ありがとうな」
新しい技術を身につけることが出来ること、自分に出来ることが増えるというのは、こんなにも気分がアガるものなのか――――――。
いまなら、『マイ・フェア・レディ』の主人公の花売り娘・イライザが、『|I Could Have Danced All Night《踊り明かそう》』を歌い出したくなった気分が、彼にも良くわかる。
この高揚した気持ちを味わうきっかけをくれた瓦木亜矢というクラスメートには、本当に感謝してもしきれないと感じた。
この想いを、どうやって、彼女に伝えよう――――――。
気持ちが高ぶったまま、そんなことを考えてしまう。
ただ――――――。
その直後に、柚寿が、すぐそばにいた寿太郎にしか聞こえないような声でつぶやくように語った一言が気になって仕方がなかった。
「亜矢ちゃんって、スゴいよね! いままでも、スキンケアや季節ごとの着回しについては、情報発信をしていたから、詳しいんだろうな〜、と思ってただけど……ボイトレのことまで教えられる知識があるとは思ってなかった! コレって、やっぱり、ハルカ君の影響なのかな……?」
LESSON3:ミックスボイスの習得
週明けから、自宅に帰り着いた直後に開始することにしたトレーニングのおかげで、寿太郎は、どうにか、鼻腔共鳴の技術まで、習得できたという手応があったのだが……。
亜矢が示した、イケボ獲得のための三つ目の技術・ミックスボイスの習得は、難航を極めていた。
「ミックスボイスっていうのは、地声と裏声(ファルセット)の中間に位置する声質で発声すること。地声のようにしっかりした声で、裏声のような高音域を出すことなの。ミックスボイスはいくつもある声質の種類の中で、特に習得が難しけど、プロの歌手必須のテクニックと言われるほど重要なんだ」
彼女の最初の説明だけで、寿太郎は、その技術を習得するハードルの高さは認識していたが――――――。
休日ということで、彼の部屋でトレーニングに付き合っている亜矢と柚寿の前で、実際に声を出して聞いてもらっているが、ふたりの反応は芳しいものではなく、彼自身もまったく手応がつかめない。
そんなようすを見かねたのかアドバイザーは、一般的には理解しやすい例を挙げて、アシストをしてくれてようと考えたようなのだが……。
「ミックスボイスのイメージがつかみにくいと感じたら、。『電話に出る時の声』をイメージしてみて! ほら、お母さんが電話に出るときだけ、声のトーンが1オクターブ上がるって感じたことない?」
「すまん……うちには、もう長いこと母親が居ないから、わからない……」
男子生徒の隣で、うんうん、とうなずく妹は、さらに、付け加えて、苦笑しながらも、冷静なツッコミを入れる。
「亜矢ちゃん、わかりやすい例を挙げてくれたのかも知れないけど……それって、多分、昭和の時代のあるあるネタだよね……令和の時代の私たちには、ちょっと実感しづらいかな……」
彼ら兄妹の反応の鈍さに、亜矢は一瞬「あっ……」と、気まずそうな表情になり、
「ごめん……ちょっと、配慮が足りなかった……」
と、素直に謝罪の言葉を口にする。ただ、そのあと、すぐに、
「でも、たぶん、寿太郎も電話で話す時に、声が通りにくいと思ったら、意識して高い声を出すよね? その時の感覚を思い出してもらえるとイイかも」
そう言って、こちらにも理解しやすいよう、ミックスボイスのコツを教えてくれた。
それでも、なかなかピンと来ない寿太郎に、彼女は、ミックスボイスの歌声に定評のある日本人アーティストの楽曲を紹介してくれた。
秦◯博・スピ◯ツの草◯マサムネ・ラ◯クアンシエルのh◯de・Official髭◯dismの藤◯聡……。
なるほど、と寿太郎も納得するように、どのボーカルもみんな、その歌声でリスナーを魅了している人たちばかりだ。
彼らの歌う曲の中から、ミックスボイスで歌われていると思われるパートを動画サイトで集中的に確認し、寿太郎は、イメージを膨らませていく。
続いて、アドバイザーは、ミックスボイスの練習ポイントも伝えてくれた。
・からだのチカラを抜く
・腹式呼吸をする
・喉を開いて歌う
・声帯を閉じて歌う
・地声から裏声に変わるポイントを探る
・喉に力を入れず裏声を出す
・鼻腔を共鳴させる
ミックスボイスを習得するためには、これだけのポイントを確認していく必要があるらしい。
あらためて寿太郎が感じるのは、これまで課題として取得を課されていた、複式呼吸や鼻腔共鳴などのテクニックが、最後の難関であるミックスボイスの習得にも大きく関わっているということだ。
午前中に始まったトレーニングは、昼食を挟み、陽が沈んだ夕方以降も継続された。
普段なら夕食が済んでいる頃になり、付き合ってくれている側も疲れがたまってきているのだろう、柚寿は背もたれ付きの椅子に深く背中を預け、天井を仰ぐような姿勢で、傘のように開いたファッション雑誌を顔の上に載せている。一方の亜矢も、腕を組みながら頭を下に向け、ゆっくり船を漕ぐように身体を揺らしていた。
そんなふたりのようすを眺めながら、長時間のトレーニングに付き合ってくれた感謝と申し訳なさが混じった複雑な感情で苦笑した寿太郎は、
(今日は、そろそろ切り上げ時か……次の声出しが終わったら、ふたりに声をかけよう)
と、心に決めて、最後の発声練習に挑む。
身体の力を抜いてリラックスし、腹式呼吸を意識しながら息を整える。
続いて、喉の開きをチェックするために喉仏のあたりに軽く触れながら、呼吸のたびに触れた部分が上下しているのを確認。
声帯が閉じている感覚をつかむため、一定の音量で息を吐き続けながら、今度は一瞬、声を止めて、ホラー映画の叫び声のごとく、「あ」の音に濁点がついたような低音で、「あ゛あ゛あ゛あ゛」と発声を行う。
そのまま、再び腹式呼吸を意識しながら、高音に挑戦し、自分の声が裏声に変わるポイントを探る。喉をリラックスさせると、高音の裏声を出すコツがつかめた。
最後に、やや少なめの息の量でハミングを行い、徐々に息の量を増やしていくと、声が響く息の量が把握できた。
喉だけでなく、身体全体がリラックスできたことが実感できたので、そのまま発生を試みる。
その瞬間、
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
という伸びやかな声が発声されると同時に、ふたつの感触が混じったような奇妙な感覚に襲われた。
口の中で声が響いている感触と、口の奥から頭の上へ声が突き抜けていく感触――――――。
(これか? この感覚なのか!?)
気分が高揚すると、発声時の伸びのある声は、消えてしまったので、もう一度、身体全体と喉のチカラを抜いて、発声する。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
(やった! これだ! きっと、この感覚だ)
手応えを感じて思わず中指を親指で弾いて、パチン! と鳴らすと、いつの間にか、目を開けて、こちらのようすを眺めていた亜矢が、
「やったじゃない! 寿太郎、それ、その声がミックスボイスだよ!」
と、飛び跳ねるように、オレに抱きついてきた。
そして、クラスメートの声に反応したのか、雑誌を顔に載せたままの状態で、ビクリと身体を動かした柚寿が、ずり落ちる雑誌を上手くキャッチしながら、
「えっ!? ナニ? お兄? ついに成功したの!?」
と、声をあげる。
「あぁ、感覚が掴めた気がする! ちょっと、聞いてみてくれ!」
そう言って、スパイアニメのオープニング曲としても使用された『ミックスナッツ』のカラオケバージョンを動画サイトで再生させ、ワン・コーラスだけ歌ってみた。
高揚した気分だったものの、声が途切れてしまったさっきの失敗の反省をいかして、身体全体をリラックスさせることを意識しながら歌うことができたためか、これまでとは、まるで違う歌声で、歌詞をうたいあげることができた。
「亜矢ちゃん、コレだよね! お兄の歌声、変わってるよね!?」
「うん、ちゃんと歌えてるよ! あとは、この感覚を忘れないように、腹式呼吸や鼻腔共鳴の練習もあわせてやっていけば、大丈夫!」
ふたりとも、興奮が抑えきれないのか、寿太郎以上にキャッキャッとはしゃぎ、飛び跳ねている。
気がつくと、時刻は、午後八時を回っていた。
こんな時間にワイワイと騒ぐ声がするせいか、コンコン、と大きめのノックがされてドアが開き、
「えらく賑やかだねぇ……でも、そろそろお開きにする時間じゃないかい?」
と、リビングにいた祖母が、声をかけてきた。
「あっ、ゴメン、祖母ちゃん」
「す、すいません……夜、遅くまで……」
寿太郎と亜矢が、ほぼ同時に謝ると、祖母は、優しい笑顔で、こう言った。
「まあ、明日は日曜日だし、はしゃぎたい気持ちもわかるけどね……ただ、もうこんな時間だ。寿太郎、彼女を駅まで送ってあげな」
「わかった! 亜矢、今日は遅い時間まで付き合ってくれて、ありがとうな」
新しい技術を身につけることが出来ること、自分に出来ることが増えるというのは、こんなにも気分がアガるものなのか――――――。
いまなら、『マイ・フェア・レディ』の主人公の花売り娘・イライザが、『|I Could Have Danced All Night《踊り明かそう》』を歌い出したくなった気分が、彼にも良くわかる。
この高揚した気持ちを味わうきっかけをくれた瓦木亜矢というクラスメートには、本当に感謝してもしきれないと感じた。
この想いを、どうやって、彼女に伝えよう――――――。
気持ちが高ぶったまま、そんなことを考えてしまう。
ただ――――――。
その直後に、柚寿が、すぐそばにいた寿太郎にしか聞こえないような声でつぶやくように語った一言が気になって仕方がなかった。
「亜矢ちゃんって、スゴいよね! いままでも、スキンケアや季節ごとの着回しについては、情報発信をしていたから、詳しいんだろうな〜、と思ってただけど……ボイトレのことまで教えられる知識があるとは思ってなかった! コレって、やっぱり、ハルカ君の影響なのかな……?」