わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第3章〜ピグマリオン効果・教育心理学における心理的行動に関する考察〜⑥
10月29日
三軍男子の戸惑〜深津寿太郎の場合〜
イケボを発声するための三技能(腹式呼吸・鼻腔共鳴・ミックスボイス)を習得した深津寿太郎には、次の一週間、妹の柚寿が課す地獄のようなトレーニングが待っていた。
「お兄! 間が悪い! もっと、テンポ良く!」
「そこは、もっと声を張って! なんのために、ボイトレしてきたの!?」
「違う! 踏み込みが甘い!! そんなので、ギャラリーが 満足すると思ってんの!?」
身内ということで、遠慮をする必要がなかったのかも知れないが、妹の指導方法は、「過酷」の一言であり、前の週まで行われていた瓦木亜矢によるイメチェン計画は、理論面でも実践面でも、教え子にとって、受け入れやすいモノだったんだな……と、寿太郎はあらためて感じる。
午前中に、自宅で最後のネタ合わせを終えた彼らは、祖母が作ってくれた昼食の焼きそばを食べ終えると、ふたりで、この日のイベント会場である香子園浜に向かった。
彼らが、電車とバスを乗り継ぎ、停留所から海浜公園に歩いて行くと、一◯◯人近くが集っているギャラリーのスミの方に、映文研のメンバーや、亜矢たちクラスメートが固まって集まっているのが見えた。
「あっ、柚寿ちゃ〜ん! こっちだよ~」
柚寿の同級生である、伊藤香菜も来ていて、こちらに向かって声をかけてくる。
ただ、明るく弾んだ声の下級生の姿とは、うらはらに、映文研メンバーと固まるように集まっているクラスメートたちのようすに、オレは違和感を覚えた。
(亜矢たちは、なんで、学祭実行委員会の連中のところに行かずに、あんな離れた場所にいるんだ?)
亜矢、莉子、奈美の三人のクラスメート女子は、同じクラスの小松や神原をはじめ、高等部と大学生の実行委員会のメンバーが集っているステージからは、明らかに距離を取るような位置に固まっている。
今回、寿太郎をこの場所に誘ってくれたのは、彼女たち三人ではあるが、彼ら映文研メンバーたちに構わず、普段から仲の良い実行委員会のメンバーと談笑したりしていると思っていたのだが……。
そんな疑問を感じながら、亜矢や映文研のメンバーが集まっている砂浜の方に歩いていくと、副部長の不知火が、
「おぉ〜、寿太郎! ようやく、来たか! 待ってたぞ〜」
と、大げさに声をあげて、こちらの方に駆け寄ってきた。
芝居がかったようすで声をかけてきた友人は、寿太郎に近寄ると、
「ちょっと、面倒なことが起きそうだぞ……舞台の方を見てみろ」
と、小声で耳打ちしたあと、砂浜に作られた簡易ステージの方に向かって、目配せをする。
不知火の言葉につられるように、舞台の方に目を向けると、学祭実行委員の大学生らしきメンバーに混じって、シルバーに脱色した髪色の男子学生と、どうみても、自分たちより年下にしか見えない高校生らしい女子が、キャッキャとはしゃいでいるのが見えた。
その存在には、寿太郎より先に、少し前まで彼の歌を熱心に聞いていた柚寿の方が先に気づく。
「あれって、ハルカくん? たしかに、ハルカくんも、うちの大学の学生だから、ここに居てもおかしくないけど……」
「あぁ……どうやら、瓦木の元カレさんが来てるらしい。しかも、今カノづれでな……」
不知火の言葉に反応した妹は、
「ふ〜ん、やっぱりね……そういうことか」
と、覚めたようすでつぶやいた。
「やっぱり……って、柚寿、なにか知ってるのか?」
ポツリと漏らしたつぶやきが気になったので、寿太郎が思わずたずねると、妹は、スマホを取り出し、《ミンスタグラム》のアプリをタップしてから、オレと不知火に画面を向ける。
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karinchan_yamayama
明日は、ふたりでお出かけ
香子園浜には、大学や高等部の先輩たちも来るから楽しみ!
元カノさんと会っちゃたりして……
#鼻毛女子
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スマホの画面には、なかなかに強烈な文面とともに、音楽用の機材が満載の部屋で作業をしているようすの人物を斜め後方から撮影した投稿が表示されていた。
「これは……?」
なんなんだ? と、口にする前に、柚寿は被せ気味に返答する。
「あのヒトの裏アカだよ……多分、だけどね」
ステージのそばで談笑する女子の一人を示しながら答えた妹の一言で、寿太郎は、ひと月ほど前のことを思い出す。小松や神原が言っていた『鼻毛女子』というキーワードが気になったオレは、ネット検索の結果、クラスメートの女子が、ネット炎上に巻き込まれていたことを知った。
そのきっかけになったふたりが、この場にいるという事実は、瓦木亜矢本人でなくても、気分が良いものじゃない。
そうして、亜矢のいまの気持ちを考えていると、柚寿が発した言葉には、友人が先に反応した。
「この背中は、あのハルカくんか……ご丁寧に、ひと月前にバズったハッシュタグまで付けやがって……この投稿したヤツ、性格ワルすぎだろ……」
傍若無人を絵に描いたような不知火の言葉に同意することは多くはないが、今回ばかりは、寿太郎も一字一句、悪友に賛同する。
友人の言葉に、心のなかでうなずいていると、妹が、さらに言葉を続けた。
「マウントに、匂わせ……読む人を一番イラつかせる内容だよね。『匂わせ』ってさ……その関係に興味を持っていないヒトからすると、ホントにどうでもイイというか、ほとんど存在しないに等しいんだろうけど。でも、その関係に興味を持っている当事者からすると、すっごく気持ちが悪いと言うか、とにかく心がかき乱されるモノなんだよね……」
「まぁ、たしかにそういうモノかも知れね〜な」
苦々しい表情で語る柚寿に、寿太郎が同意すると、彼の妹はうなずいて、
「今日は、ふたりが……ううん、あのヒトが、ナニか企んでいるような気がするんだよね……ちょっと、気をつけて見ておかないと……」
そう言って、唇を固く閉じた。
三軍男子の戸惑〜深津寿太郎の場合〜
イケボを発声するための三技能(腹式呼吸・鼻腔共鳴・ミックスボイス)を習得した深津寿太郎には、次の一週間、妹の柚寿が課す地獄のようなトレーニングが待っていた。
「お兄! 間が悪い! もっと、テンポ良く!」
「そこは、もっと声を張って! なんのために、ボイトレしてきたの!?」
「違う! 踏み込みが甘い!! そんなので、ギャラリーが 満足すると思ってんの!?」
身内ということで、遠慮をする必要がなかったのかも知れないが、妹の指導方法は、「過酷」の一言であり、前の週まで行われていた瓦木亜矢によるイメチェン計画は、理論面でも実践面でも、教え子にとって、受け入れやすいモノだったんだな……と、寿太郎はあらためて感じる。
午前中に、自宅で最後のネタ合わせを終えた彼らは、祖母が作ってくれた昼食の焼きそばを食べ終えると、ふたりで、この日のイベント会場である香子園浜に向かった。
彼らが、電車とバスを乗り継ぎ、停留所から海浜公園に歩いて行くと、一◯◯人近くが集っているギャラリーのスミの方に、映文研のメンバーや、亜矢たちクラスメートが固まって集まっているのが見えた。
「あっ、柚寿ちゃ〜ん! こっちだよ~」
柚寿の同級生である、伊藤香菜も来ていて、こちらに向かって声をかけてくる。
ただ、明るく弾んだ声の下級生の姿とは、うらはらに、映文研メンバーと固まるように集まっているクラスメートたちのようすに、オレは違和感を覚えた。
(亜矢たちは、なんで、学祭実行委員会の連中のところに行かずに、あんな離れた場所にいるんだ?)
亜矢、莉子、奈美の三人のクラスメート女子は、同じクラスの小松や神原をはじめ、高等部と大学生の実行委員会のメンバーが集っているステージからは、明らかに距離を取るような位置に固まっている。
今回、寿太郎をこの場所に誘ってくれたのは、彼女たち三人ではあるが、彼ら映文研メンバーたちに構わず、普段から仲の良い実行委員会のメンバーと談笑したりしていると思っていたのだが……。
そんな疑問を感じながら、亜矢や映文研のメンバーが集まっている砂浜の方に歩いていくと、副部長の不知火が、
「おぉ〜、寿太郎! ようやく、来たか! 待ってたぞ〜」
と、大げさに声をあげて、こちらの方に駆け寄ってきた。
芝居がかったようすで声をかけてきた友人は、寿太郎に近寄ると、
「ちょっと、面倒なことが起きそうだぞ……舞台の方を見てみろ」
と、小声で耳打ちしたあと、砂浜に作られた簡易ステージの方に向かって、目配せをする。
不知火の言葉につられるように、舞台の方に目を向けると、学祭実行委員の大学生らしきメンバーに混じって、シルバーに脱色した髪色の男子学生と、どうみても、自分たちより年下にしか見えない高校生らしい女子が、キャッキャとはしゃいでいるのが見えた。
その存在には、寿太郎より先に、少し前まで彼の歌を熱心に聞いていた柚寿の方が先に気づく。
「あれって、ハルカくん? たしかに、ハルカくんも、うちの大学の学生だから、ここに居てもおかしくないけど……」
「あぁ……どうやら、瓦木の元カレさんが来てるらしい。しかも、今カノづれでな……」
不知火の言葉に反応した妹は、
「ふ〜ん、やっぱりね……そういうことか」
と、覚めたようすでつぶやいた。
「やっぱり……って、柚寿、なにか知ってるのか?」
ポツリと漏らしたつぶやきが気になったので、寿太郎が思わずたずねると、妹は、スマホを取り出し、《ミンスタグラム》のアプリをタップしてから、オレと不知火に画面を向ける。
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明日は、ふたりでお出かけ
香子園浜には、大学や高等部の先輩たちも来るから楽しみ!
元カノさんと会っちゃたりして……
#鼻毛女子
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スマホの画面には、なかなかに強烈な文面とともに、音楽用の機材が満載の部屋で作業をしているようすの人物を斜め後方から撮影した投稿が表示されていた。
「これは……?」
なんなんだ? と、口にする前に、柚寿は被せ気味に返答する。
「あのヒトの裏アカだよ……多分、だけどね」
ステージのそばで談笑する女子の一人を示しながら答えた妹の一言で、寿太郎は、ひと月ほど前のことを思い出す。小松や神原が言っていた『鼻毛女子』というキーワードが気になったオレは、ネット検索の結果、クラスメートの女子が、ネット炎上に巻き込まれていたことを知った。
そのきっかけになったふたりが、この場にいるという事実は、瓦木亜矢本人でなくても、気分が良いものじゃない。
そうして、亜矢のいまの気持ちを考えていると、柚寿が発した言葉には、友人が先に反応した。
「この背中は、あのハルカくんか……ご丁寧に、ひと月前にバズったハッシュタグまで付けやがって……この投稿したヤツ、性格ワルすぎだろ……」
傍若無人を絵に描いたような不知火の言葉に同意することは多くはないが、今回ばかりは、寿太郎も一字一句、悪友に賛同する。
友人の言葉に、心のなかでうなずいていると、妹が、さらに言葉を続けた。
「マウントに、匂わせ……読む人を一番イラつかせる内容だよね。『匂わせ』ってさ……その関係に興味を持っていないヒトからすると、ホントにどうでもイイというか、ほとんど存在しないに等しいんだろうけど。でも、その関係に興味を持っている当事者からすると、すっごく気持ちが悪いと言うか、とにかく心がかき乱されるモノなんだよね……」
「まぁ、たしかにそういうモノかも知れね〜な」
苦々しい表情で語る柚寿に、寿太郎が同意すると、彼の妹はうなずいて、
「今日は、ふたりが……ううん、あのヒトが、ナニか企んでいるような気がするんだよね……ちょっと、気をつけて見ておかないと……」
そう言って、唇を固く閉じた。