わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第3章〜ピグマリオン効果・教育心理学における心理的行動に関する考察〜⑨
ネット・スターの当惑〜瓦木亜矢の場合〜
ひと月ほど前、ライブ配信中のカメラの前で、わたしへの破局宣言を突きつけたふたりは、この日も舞台上で、仲の良い姿を見せていた。
自分の中で、元カレとのことは、もう終わったことという認識だったので、そのこと自体には、さして心を動かされていないつもりだけど……。
「あっ、瓦木センパイも、このあと、舞台に立つんですよね? センパイのうた、楽しみにしてま〜す」
彼女が発したその言葉で、わたしの気持ちは揺さぶられた。
(もう吹っ切れたと思っていたのに……)
あの日のことを思い出すと、息がつまりそうになり、呼吸は乱れ、心拍数が上がっていくのを感じる。
「ねぇ……! 大丈夫なの、亜矢……?」
いつも、わたしたちのことを気づかってくれるリコが、今日は、いつも以上に心配げな表情で問いかける言葉に、なんとか平静を装って
「あっ……うん、大丈夫だよ……ぜんぜん、平気」
と答えたけど、その返答を相手が言葉どおりに受け止めてくれるか、自信はなかった。
彼らふたりがステージから降りたあと、大学生の二人組が、ギターとマイクを持って舞台に上がり、何かの曲(聞き慣れない曲だったのでオリジナルの楽曲だったのかも知れない)を演奏していたけれど、わたしの耳には、ほとんど歌詞の内容が入ってこなかった。
「……もう次がアヤの出番だけど……やっぱ、今日はやめとく?」
「大丈夫だって! これくらい……なんでもないから……」
珍しく、気を利かせてくれているナミの言葉も、無下にするように言葉を返してしまったわたしは、ギターとボーカルの二人組がステージから降りていくのを確認して、
「じゃ……じゃあ、行ってくるね」
と、友人や映文研のメンバーに声をかける。
「亜矢……」
不安げなようすでつぶやくリコに笑顔だけで応じながら、わたしは舞台に上がった。
どうにか、そこまでは、思ったとおりに行動できていたんだけど……。
ステージの上に立ち、目の前の砂浜から、自分のいる舞台に視線が集まっているのを感じると、まるで、崖の上に立っているかのように足が震え、身がすくむような心地になった。
舞台脇のスピーカーからは、毎日のように聞いている大好きなメロディのイントロが流れているのに……。
ステージの前に立って余裕の表情でこちらを見つめているあのコの視線が気になる……。
さらに、クスクスと笑いながら談笑している実行委員会のメンバーやクラスメートたちは、自分のことを嘲笑っているんじゃないか、という意識が頭から離れない……。
ただ、身体を強張らせたまま、歌い出しの場面になっても、声を出せずにいるわたしの耳に、なぜか、スピーカーと自分の隣から歌声が聞こえてきた。
♪ 頭で理解していても 気持ちが追いつかない
♪ カラダは単純なのね 女の子ならなおさらなのかな
それは、一週間前、日が暮れたあともレッスンに付き合い、ずっと耳にしていた声だった。
(えっ!? 寿太郎? どうして)
突然のことに驚いて声も出ないわたしに、彼は軽く目配せだけをして歌い続ける。
♪ 夜ごとに気持ちが揺らいでも いまだに君が最高で
♪ 最低なのに愛してる どうしてかな 腹立たしい
寿太郎は、歌いだしから、そこまで歌いあげると、わたしの方にもう一度、視線を送ってきた。
その目は、
(もう大丈夫か? この先は歌える?)
と、こちらに問いかけているように感じられた。
彼の無言の問いかけに力強くうなずいたわたしは、自分が一番好きな楽曲のサビの直前のパートから、歌い出す。
♫ 忘れちゃいたいのに
♫ ずっと傷つけられてばっかだったのに
♫ シンデレラガール 十二時を回ったら
♫ もうボクを悩ませないで
曲の中でも一番盛り上がるパートを気持ちよく歌い上げると、最後は、寿太郎もわたしに合わせて、ハーモニーを奏でる。
♬ なにも気がづかないふりで
♬ つけている香水の香りは嫌い
ワン・コーラスを歌い終えると、ステージの前の一◯◯人近いギャラリーから、拍手が沸き起こった。
緊張がほどけたわたしは、
「みんな、ありがとう〜! あっ……もう、演奏は止めてもらってイイですか?」
と、観客への感謝の言葉を述べたあと、音源の再生を担当しているDJブースの人にお願いする。
「ステージに立つ経験があんまり多くないので、緊張しちゃったんだけど……クラスメートが助けてくれました。ありがとう、寿太郎」
ふたりきりのときなどは、お互いを名前で呼び合っているけど、他の人たちがいる前では、彼のことを名字で呼ぶことが多かった。
けれど、なぜか、このときは、自然と彼の名前が口をついて出ていた。
「彼は、このあと、このステージで、とっておきのネタを披露してくれるそうだから、みんなも期待していてね! そうそう、来週の『学院アワード』わたしたちも、参加しているから……わたしと彼にも、投票、よろしくお願いしま〜す」
わたしが語り終えると、彼は、ちょっと照れたような、はにかんだ笑いをたたえた表情で、ギャラリーに向かって小さく手を振っている。
そうして、
「深津って、歌もイケたんだ……スゴいじゃん!」
「うん! 私も、ちょっと前からイケてると思ってたけど、あのイケボは予想外だった」
と、同じクラスの女子たちが、キャッキャッと話しているのを横目で見ながら、わたしと寿太郎はステージをあとにした。
ひと月ほど前、ライブ配信中のカメラの前で、わたしへの破局宣言を突きつけたふたりは、この日も舞台上で、仲の良い姿を見せていた。
自分の中で、元カレとのことは、もう終わったことという認識だったので、そのこと自体には、さして心を動かされていないつもりだけど……。
「あっ、瓦木センパイも、このあと、舞台に立つんですよね? センパイのうた、楽しみにしてま〜す」
彼女が発したその言葉で、わたしの気持ちは揺さぶられた。
(もう吹っ切れたと思っていたのに……)
あの日のことを思い出すと、息がつまりそうになり、呼吸は乱れ、心拍数が上がっていくのを感じる。
「ねぇ……! 大丈夫なの、亜矢……?」
いつも、わたしたちのことを気づかってくれるリコが、今日は、いつも以上に心配げな表情で問いかける言葉に、なんとか平静を装って
「あっ……うん、大丈夫だよ……ぜんぜん、平気」
と答えたけど、その返答を相手が言葉どおりに受け止めてくれるか、自信はなかった。
彼らふたりがステージから降りたあと、大学生の二人組が、ギターとマイクを持って舞台に上がり、何かの曲(聞き慣れない曲だったのでオリジナルの楽曲だったのかも知れない)を演奏していたけれど、わたしの耳には、ほとんど歌詞の内容が入ってこなかった。
「……もう次がアヤの出番だけど……やっぱ、今日はやめとく?」
「大丈夫だって! これくらい……なんでもないから……」
珍しく、気を利かせてくれているナミの言葉も、無下にするように言葉を返してしまったわたしは、ギターとボーカルの二人組がステージから降りていくのを確認して、
「じゃ……じゃあ、行ってくるね」
と、友人や映文研のメンバーに声をかける。
「亜矢……」
不安げなようすでつぶやくリコに笑顔だけで応じながら、わたしは舞台に上がった。
どうにか、そこまでは、思ったとおりに行動できていたんだけど……。
ステージの上に立ち、目の前の砂浜から、自分のいる舞台に視線が集まっているのを感じると、まるで、崖の上に立っているかのように足が震え、身がすくむような心地になった。
舞台脇のスピーカーからは、毎日のように聞いている大好きなメロディのイントロが流れているのに……。
ステージの前に立って余裕の表情でこちらを見つめているあのコの視線が気になる……。
さらに、クスクスと笑いながら談笑している実行委員会のメンバーやクラスメートたちは、自分のことを嘲笑っているんじゃないか、という意識が頭から離れない……。
ただ、身体を強張らせたまま、歌い出しの場面になっても、声を出せずにいるわたしの耳に、なぜか、スピーカーと自分の隣から歌声が聞こえてきた。
♪ 頭で理解していても 気持ちが追いつかない
♪ カラダは単純なのね 女の子ならなおさらなのかな
それは、一週間前、日が暮れたあともレッスンに付き合い、ずっと耳にしていた声だった。
(えっ!? 寿太郎? どうして)
突然のことに驚いて声も出ないわたしに、彼は軽く目配せだけをして歌い続ける。
♪ 夜ごとに気持ちが揺らいでも いまだに君が最高で
♪ 最低なのに愛してる どうしてかな 腹立たしい
寿太郎は、歌いだしから、そこまで歌いあげると、わたしの方にもう一度、視線を送ってきた。
その目は、
(もう大丈夫か? この先は歌える?)
と、こちらに問いかけているように感じられた。
彼の無言の問いかけに力強くうなずいたわたしは、自分が一番好きな楽曲のサビの直前のパートから、歌い出す。
♫ 忘れちゃいたいのに
♫ ずっと傷つけられてばっかだったのに
♫ シンデレラガール 十二時を回ったら
♫ もうボクを悩ませないで
曲の中でも一番盛り上がるパートを気持ちよく歌い上げると、最後は、寿太郎もわたしに合わせて、ハーモニーを奏でる。
♬ なにも気がづかないふりで
♬ つけている香水の香りは嫌い
ワン・コーラスを歌い終えると、ステージの前の一◯◯人近いギャラリーから、拍手が沸き起こった。
緊張がほどけたわたしは、
「みんな、ありがとう〜! あっ……もう、演奏は止めてもらってイイですか?」
と、観客への感謝の言葉を述べたあと、音源の再生を担当しているDJブースの人にお願いする。
「ステージに立つ経験があんまり多くないので、緊張しちゃったんだけど……クラスメートが助けてくれました。ありがとう、寿太郎」
ふたりきりのときなどは、お互いを名前で呼び合っているけど、他の人たちがいる前では、彼のことを名字で呼ぶことが多かった。
けれど、なぜか、このときは、自然と彼の名前が口をついて出ていた。
「彼は、このあと、このステージで、とっておきのネタを披露してくれるそうだから、みんなも期待していてね! そうそう、来週の『学院アワード』わたしたちも、参加しているから……わたしと彼にも、投票、よろしくお願いしま〜す」
わたしが語り終えると、彼は、ちょっと照れたような、はにかんだ笑いをたたえた表情で、ギャラリーに向かって小さく手を振っている。
そうして、
「深津って、歌もイケたんだ……スゴいじゃん!」
「うん! 私も、ちょっと前からイケてると思ってたけど、あのイケボは予想外だった」
と、同じクラスの女子たちが、キャッキャッと話しているのを横目で見ながら、わたしと寿太郎はステージをあとにした。