わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第1章〜元カレを見返すためにクラスの三軍男子をスパダリに育てることにします〜③
「うわ……変人が増えた……」
ボソリとつぶやく柚寿の言葉には反応せず、ニヤニヤとした笑みを浮かべているのは、高須不知火。
中等部に入学してから、寿太郎とは、かれこれ五年以上の付き合いになる顔なじみである。
「なんだ、高須クンか……いきなり後ろから声を掛けられた上に、背中を叩かれたら驚くじゃないか?」
「おいおい、寿太郎! 『水魚の交わり』と言っても良い仲の親友に向かって、ずいぶん他人行儀じゃないか?」
嫌悪感まる出しの柚寿のつぶやきに続き、露骨な塩対応にもめげず、会話を続ける自称・親友に対して、寿太郎は渋々ながら応答する。
「不知火……誰と誰が、『水魚の交わり』だって? だいたい、その例えで言うなら、誰が劉備で、誰が孔明なんだ?」
「もちろん、我らが映像文化研究会の部長である寿太郎が劉備玄徳で、その懐刀にして、参謀である、この俺が諸葛孔明だな」
友人を一国の君主に例えるのもどうかと思うが、自分自身を歴史や創作上の天才軍師になぞらえる辺り、自己評価が高すぎて、話しを聞いているだけで、寿太郎は、頭がクラクラしてくる。
そんな彼の様子に気づいたのか、隣を歩く我が妹が、「また、二人だけで、意味のわかんない会話をして……」と、つぶやいたあと、あきれはてたような口調で話しかけてきた。
「お兄、さっき『友達ができない』と言ったことは、撤回する……映文研のメンバーがいるもんね。だけど――――――」
そう言って、ため息をついた柚寿は、ジロリと視線をこちらに向けながら、断言する。
「そんなんだから、まともな友達ができないんだよ!」
『ぐうの音も出ない正論』とは、このことを言うのだろう。
「そんなに、ハッキリ言い切るなよ……」
小声で抗議しつつもの、自分たち兄妹の後ろを歩く、自称・天才軍師の顔を肩越しに見つめながら、オレは、妹よりも深いため息をついた。
妹が、前言を撤回して、兄の交友関係に関する認識をあらためたようなので、ここで、彼自身も、彼女のことを「趣味の悪い妹」と認識したことを訂正しようと思った。
寿太郎の妹の柚寿は、三歳年下の中等部に通う身でありながら、時おり、年齢以上に大人びて、物事の要点を正確にとらえた発言をすることがある。
それは、彼女が小学生の頃に就いていた仕事の影響なのか、彼らの少々複雑な家族関係が影響しているのかはわからないが、柚寿の冷静で客観的な人物評は、兄である寿太郎も一目を置いていた(※ただし、推しの歌い手やアーティスト等はのぞく)。
そんな妹に、まともでない友達という評価を下された高須不知火は、そのいかつい名前と、アフロヘアーを思わせるクセの強い天然パーマを備えた容姿、さらに、空気を読まない奇抜な言動で、明らかにクラスだけだなく、学年全体でも浮いた存在であった。
そして、この高須不知火が副部長を務める文化系クラブ『映像文化研究会(通称・映文研)』で部長の任に就いている深津寿太郎もまた、五年来の友人とともに、クラスや学年では、ロールプレイングゲームのはぐれモンスター的な扱いを受けていた。
こんな上級生に囲まれた状況で、ともに登校するというのは、自分が感じている以上に、思春期女子である柚寿は、不満に感じているんだろうな――――――と、その身を案じたところで、隣を歩いていた彼の妹は、
「あっ! カナちゃん!」
と言って、彼女と同年代の女子に駆け寄って行った。
通学路になっている階段状の歩道の最上段で、穏やかな笑みを浮かべているのは、伊藤香菜。中等部入学部以来の柚寿の親友だ。
電車通学をしている深津家の兄妹と違って、学校の近隣に住んでいる彼女とは自宅が離れているものの、よほど仲が良いのか、今年も柚寿と同じクラスになったという下級生は、たびたび、彼らの自宅に遊びに来ることがあった。
さらに付け加えるなら、顔を合わせたときなどは、学内で変人扱いをされている彼に対しても、丁寧にあいさつをしてくれる、しつけの良く行き届いたお嬢さんである、というのが寿太郎の評価だ。
彼女と親交を深めているという事実は、寿太郎が、柚寿の人を見る目に信頼を置く根拠のひとつになっている。
「じゃあ、お兄、私は、カナちゃんと行くから! いつも、言ってるけど、学校で私を見ても、声をかけてこないでよね!」
いつの間にかオレの隣を歩いていた映文研の副部長が苦笑するなか、柚寿は、クラスメートともに、早足で通学路を行く。
普段なら、ぞんざいな物言いに、少しムッとするところだが、隣を歩くのが、学内の奇人では、その反応もやむ無しか、と寿太郎も納得せざるを得ない。
そうして、身内がいなくなったことを見計らったのか、普段は空気を読まないくせに、こういう時だけは、妙に気を利かせる友人が、質問をしてきた。
「ところで、深津部長よ。十一月の三ヶ月祭で上映するためのテーマは決まったのか?」
予想通り――――――。
休日の前の日にあたるこの日の登校時に、わざわざ声を掛けてきた理由は、これだろう。
そして、彼が、不知火との会話を歓迎する気になれないのは、その問いかけに、自信を持って返答できる内容を準備できていないからであった。
ボソリとつぶやく柚寿の言葉には反応せず、ニヤニヤとした笑みを浮かべているのは、高須不知火。
中等部に入学してから、寿太郎とは、かれこれ五年以上の付き合いになる顔なじみである。
「なんだ、高須クンか……いきなり後ろから声を掛けられた上に、背中を叩かれたら驚くじゃないか?」
「おいおい、寿太郎! 『水魚の交わり』と言っても良い仲の親友に向かって、ずいぶん他人行儀じゃないか?」
嫌悪感まる出しの柚寿のつぶやきに続き、露骨な塩対応にもめげず、会話を続ける自称・親友に対して、寿太郎は渋々ながら応答する。
「不知火……誰と誰が、『水魚の交わり』だって? だいたい、その例えで言うなら、誰が劉備で、誰が孔明なんだ?」
「もちろん、我らが映像文化研究会の部長である寿太郎が劉備玄徳で、その懐刀にして、参謀である、この俺が諸葛孔明だな」
友人を一国の君主に例えるのもどうかと思うが、自分自身を歴史や創作上の天才軍師になぞらえる辺り、自己評価が高すぎて、話しを聞いているだけで、寿太郎は、頭がクラクラしてくる。
そんな彼の様子に気づいたのか、隣を歩く我が妹が、「また、二人だけで、意味のわかんない会話をして……」と、つぶやいたあと、あきれはてたような口調で話しかけてきた。
「お兄、さっき『友達ができない』と言ったことは、撤回する……映文研のメンバーがいるもんね。だけど――――――」
そう言って、ため息をついた柚寿は、ジロリと視線をこちらに向けながら、断言する。
「そんなんだから、まともな友達ができないんだよ!」
『ぐうの音も出ない正論』とは、このことを言うのだろう。
「そんなに、ハッキリ言い切るなよ……」
小声で抗議しつつもの、自分たち兄妹の後ろを歩く、自称・天才軍師の顔を肩越しに見つめながら、オレは、妹よりも深いため息をついた。
妹が、前言を撤回して、兄の交友関係に関する認識をあらためたようなので、ここで、彼自身も、彼女のことを「趣味の悪い妹」と認識したことを訂正しようと思った。
寿太郎の妹の柚寿は、三歳年下の中等部に通う身でありながら、時おり、年齢以上に大人びて、物事の要点を正確にとらえた発言をすることがある。
それは、彼女が小学生の頃に就いていた仕事の影響なのか、彼らの少々複雑な家族関係が影響しているのかはわからないが、柚寿の冷静で客観的な人物評は、兄である寿太郎も一目を置いていた(※ただし、推しの歌い手やアーティスト等はのぞく)。
そんな妹に、まともでない友達という評価を下された高須不知火は、そのいかつい名前と、アフロヘアーを思わせるクセの強い天然パーマを備えた容姿、さらに、空気を読まない奇抜な言動で、明らかにクラスだけだなく、学年全体でも浮いた存在であった。
そして、この高須不知火が副部長を務める文化系クラブ『映像文化研究会(通称・映文研)』で部長の任に就いている深津寿太郎もまた、五年来の友人とともに、クラスや学年では、ロールプレイングゲームのはぐれモンスター的な扱いを受けていた。
こんな上級生に囲まれた状況で、ともに登校するというのは、自分が感じている以上に、思春期女子である柚寿は、不満に感じているんだろうな――――――と、その身を案じたところで、隣を歩いていた彼の妹は、
「あっ! カナちゃん!」
と言って、彼女と同年代の女子に駆け寄って行った。
通学路になっている階段状の歩道の最上段で、穏やかな笑みを浮かべているのは、伊藤香菜。中等部入学部以来の柚寿の親友だ。
電車通学をしている深津家の兄妹と違って、学校の近隣に住んでいる彼女とは自宅が離れているものの、よほど仲が良いのか、今年も柚寿と同じクラスになったという下級生は、たびたび、彼らの自宅に遊びに来ることがあった。
さらに付け加えるなら、顔を合わせたときなどは、学内で変人扱いをされている彼に対しても、丁寧にあいさつをしてくれる、しつけの良く行き届いたお嬢さんである、というのが寿太郎の評価だ。
彼女と親交を深めているという事実は、寿太郎が、柚寿の人を見る目に信頼を置く根拠のひとつになっている。
「じゃあ、お兄、私は、カナちゃんと行くから! いつも、言ってるけど、学校で私を見ても、声をかけてこないでよね!」
いつの間にかオレの隣を歩いていた映文研の副部長が苦笑するなか、柚寿は、クラスメートともに、早足で通学路を行く。
普段なら、ぞんざいな物言いに、少しムッとするところだが、隣を歩くのが、学内の奇人では、その反応もやむ無しか、と寿太郎も納得せざるを得ない。
そうして、身内がいなくなったことを見計らったのか、普段は空気を読まないくせに、こういう時だけは、妙に気を利かせる友人が、質問をしてきた。
「ところで、深津部長よ。十一月の三ヶ月祭で上映するためのテーマは決まったのか?」
予想通り――――――。
休日の前の日にあたるこの日の登校時に、わざわざ声を掛けてきた理由は、これだろう。
そして、彼が、不知火との会話を歓迎する気になれないのは、その問いかけに、自信を持って返答できる内容を準備できていないからであった。