わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜②
午後五時すぎに学校を出発し、最寄り駅から電車を二度乗り換え、約一時間の道のりを経て、わたしは、寿太郎の住む高級マンションに到着した。
十一月になって陽が落ちるのも早くなり、午後六時を過ぎて、マンションの周辺はすっかり暗くなっている。
豪華なエントランスのドアを抜け、寿太郎が応対してくれることを祈りながら、インターホンで深津家が入居している番号を押したけれど――――――。
♪ ピンポ〜ン
というチャイム音のあと、しばらく経っても、室内からの応答はなかった。
(やっぱり、寿太郎は、わたしと会いたくないのかな……)
リコやナミ、クラスメートが応援してくれたにもかかわらず、みんなの期待に応えられなかったことと、自分自身が彼にしたことの罪悪感が、ココロに重くのしかかって、肩を落とすようにうなだれてしまう。
もう一度だけ、インターホンの深津家の番号を押し、反応がないことを確認したあと、わたし書き置きを残してから帰ろうと考えた。
そうして、エントランスの入り口そばにある郵便受けに向かおうとしたところ、自動ドアが開いて、買い物帰りなのだろうか、エコバッグを持った少し年配の女性が、ホールに入ってきた。
女性に対して、軽く会釈し、彼女の横を通りすぎようとすると、すれ違いざまに、
「あら……?」
と、声をかけられた。
「あなた、この前、寿太郎の部屋にいたお友だち?」
唐突に話しかけられたので、少し驚きながら、相手をよく確認すると、その女性は、寿太郎がミックスボイスを特訓していたあの日、彼のイケボの習得を深津兄妹と喜び合っていたときに、
「そろそろお開きにする時間じゃないかい?」
と、声をかけてきた、彼ら兄妹のお祖母さんだった。
「こ、こんばんは……寿太郎くんは、ご在宅ですか?」
動揺しながらも、できるだけ丁寧な言葉づかいで質問すると、寿太郎のお祖母さんは、苦笑いを浮かべながら、わたしが思ってもいなかった答えを返してきた。
「せっかく、家まで来てくれたのにゴメンねぇ。あの子、ちょっと、部屋にこもって、なにか作業に集中してるみたいで……」
「えっ……!? 作業に集中……ですか? あの、寿太郎くんが落ち込んだりしてるとかっていうことは……? 妹さんと……柚寿ちゃんとなにか話していませんでしたか?」
彼女の言葉が意外なモノだったので、再度、念を押すように寿太郎のようすをたずねてみたが、お祖母さんは、
「たしかに、柚寿とは、月曜日に、なにか話し込んでいたようだけど……」
と、少し考え込むような仕草をみせたあと、
「あの子が落ち込んでるって? まさか……」
冗談を笑い飛ばすように、手をパタパタと振っている。
その返答に、わたしが怪訝な表情を浮かべているのを感じたのか、彼女は、感慨深そうなようすで、
「なにかに集中すると、周りが見えなくなってしまうのは、父親譲りなのかねぇ?」
と語ったあと、こんなことをたずねてきた。
「あたしの息子……寿太郎の父親が、マンガの仕事をしてることは知ってる?」
「はい……」
わたしが、うなずきながら、短く答えると、お祖母さんは、少し困ったような表情で語る。
「あの子の父親はねぇ、小さい頃から絵を描くのが大好きで、集中し始めたら、夕飯も食べずに没頭してたのよ。まぁ、それがいまの仕事につながったから、良いけど……いまの寿太郎を見てると、父親そっくり……いまも、動画の編集? とかで、ここ何日か、まともにご飯も食べてないのよ」
「動画の編集ですか……そうだったんですね」
寿太郎のお祖母さんの言葉は、落ち込んでいたわたしの気分を軽くさせてくれた。
動画の編集と言うと、映文研が三日月祭や、学生映画のコンクールに出品すると言っていたドキュメンタリー作品のことだろうか?
たしかに、それは、寿太郎や映文研のメンバーにとって、大切なモノだ。
お祖母さんの見立てが正しいすれば、
「アイツが休んでることと、アヤが関係あると決まったわけじゃないじゃん?」
というナミの見解も、正しかったということになる。
少しホッとして、思わず安堵のため息を漏らすわたしに、お祖母さんは、さらに語り続けた。
「そういうわけだから、申し訳ないけど……あの子のことは、もう少しだけ、そっとしておいてくれないかい?」
「――――――わかりました」
本人には会えなかったけれど、少し肩の荷が下りるような気持ちになったわたしは、お祖母さんの提案に同意し、こちらからも、お願いをさせてもらう。
「寿太郎くんに会えなかったので、わたしとクラスのみんなからのメッセージを書かせてもらいました。このメモを渡してもらえないでしょうか?」
「あらあら、ご丁寧に、どうも……」
寿太郎のお祖母さんは、そう言って微笑みながら、わたしが手渡したメモを受け取ってくれた。
お祖母さんにお礼を言い、今度こそ、高級マンションから立ち去ることにする。
柚寿ちゃんと寿太郎が、どんな会話を交わしたのかは気になるし、彼に直接の謝罪が出来ていないので、すべてスッキリというわけにはいかなかったけれど……。
お祖母さんの優しい対応のおかげで、いくらか明るい気分になったわたしは、明日からの三日月祭本番に気持ちを切り替え、自宅に戻ることにした。
十一月になって陽が落ちるのも早くなり、午後六時を過ぎて、マンションの周辺はすっかり暗くなっている。
豪華なエントランスのドアを抜け、寿太郎が応対してくれることを祈りながら、インターホンで深津家が入居している番号を押したけれど――――――。
♪ ピンポ〜ン
というチャイム音のあと、しばらく経っても、室内からの応答はなかった。
(やっぱり、寿太郎は、わたしと会いたくないのかな……)
リコやナミ、クラスメートが応援してくれたにもかかわらず、みんなの期待に応えられなかったことと、自分自身が彼にしたことの罪悪感が、ココロに重くのしかかって、肩を落とすようにうなだれてしまう。
もう一度だけ、インターホンの深津家の番号を押し、反応がないことを確認したあと、わたし書き置きを残してから帰ろうと考えた。
そうして、エントランスの入り口そばにある郵便受けに向かおうとしたところ、自動ドアが開いて、買い物帰りなのだろうか、エコバッグを持った少し年配の女性が、ホールに入ってきた。
女性に対して、軽く会釈し、彼女の横を通りすぎようとすると、すれ違いざまに、
「あら……?」
と、声をかけられた。
「あなた、この前、寿太郎の部屋にいたお友だち?」
唐突に話しかけられたので、少し驚きながら、相手をよく確認すると、その女性は、寿太郎がミックスボイスを特訓していたあの日、彼のイケボの習得を深津兄妹と喜び合っていたときに、
「そろそろお開きにする時間じゃないかい?」
と、声をかけてきた、彼ら兄妹のお祖母さんだった。
「こ、こんばんは……寿太郎くんは、ご在宅ですか?」
動揺しながらも、できるだけ丁寧な言葉づかいで質問すると、寿太郎のお祖母さんは、苦笑いを浮かべながら、わたしが思ってもいなかった答えを返してきた。
「せっかく、家まで来てくれたのにゴメンねぇ。あの子、ちょっと、部屋にこもって、なにか作業に集中してるみたいで……」
「えっ……!? 作業に集中……ですか? あの、寿太郎くんが落ち込んだりしてるとかっていうことは……? 妹さんと……柚寿ちゃんとなにか話していませんでしたか?」
彼女の言葉が意外なモノだったので、再度、念を押すように寿太郎のようすをたずねてみたが、お祖母さんは、
「たしかに、柚寿とは、月曜日に、なにか話し込んでいたようだけど……」
と、少し考え込むような仕草をみせたあと、
「あの子が落ち込んでるって? まさか……」
冗談を笑い飛ばすように、手をパタパタと振っている。
その返答に、わたしが怪訝な表情を浮かべているのを感じたのか、彼女は、感慨深そうなようすで、
「なにかに集中すると、周りが見えなくなってしまうのは、父親譲りなのかねぇ?」
と語ったあと、こんなことをたずねてきた。
「あたしの息子……寿太郎の父親が、マンガの仕事をしてることは知ってる?」
「はい……」
わたしが、うなずきながら、短く答えると、お祖母さんは、少し困ったような表情で語る。
「あの子の父親はねぇ、小さい頃から絵を描くのが大好きで、集中し始めたら、夕飯も食べずに没頭してたのよ。まぁ、それがいまの仕事につながったから、良いけど……いまの寿太郎を見てると、父親そっくり……いまも、動画の編集? とかで、ここ何日か、まともにご飯も食べてないのよ」
「動画の編集ですか……そうだったんですね」
寿太郎のお祖母さんの言葉は、落ち込んでいたわたしの気分を軽くさせてくれた。
動画の編集と言うと、映文研が三日月祭や、学生映画のコンクールに出品すると言っていたドキュメンタリー作品のことだろうか?
たしかに、それは、寿太郎や映文研のメンバーにとって、大切なモノだ。
お祖母さんの見立てが正しいすれば、
「アイツが休んでることと、アヤが関係あると決まったわけじゃないじゃん?」
というナミの見解も、正しかったということになる。
少しホッとして、思わず安堵のため息を漏らすわたしに、お祖母さんは、さらに語り続けた。
「そういうわけだから、申し訳ないけど……あの子のことは、もう少しだけ、そっとしておいてくれないかい?」
「――――――わかりました」
本人には会えなかったけれど、少し肩の荷が下りるような気持ちになったわたしは、お祖母さんの提案に同意し、こちらからも、お願いをさせてもらう。
「寿太郎くんに会えなかったので、わたしとクラスのみんなからのメッセージを書かせてもらいました。このメモを渡してもらえないでしょうか?」
「あらあら、ご丁寧に、どうも……」
寿太郎のお祖母さんは、そう言って微笑みながら、わたしが手渡したメモを受け取ってくれた。
お祖母さんにお礼を言い、今度こそ、高級マンションから立ち去ることにする。
柚寿ちゃんと寿太郎が、どんな会話を交わしたのかは気になるし、彼に直接の謝罪が出来ていないので、すべてスッキリというわけにはいかなかったけれど……。
お祖母さんの優しい対応のおかげで、いくらか明るい気分になったわたしは、明日からの三日月祭本番に気持ちを切り替え、自宅に戻ることにした。