わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜

第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜⑥

 11月5日

 三軍男子の動揺〜深津寿太郎(ふかつじゅたろう)の場合〜

 けたたましく、LANEの通話着信音が鳴った。

 ベッドから飛び起きてスマホを手にすると、発信相手は、我が映文研の副部長であった。

「ようやくお目覚めか、寿太郎? いま、何時だと思う?」

 問われて、自室の壁掛け時計を確認すると、時計の針は、三時前を指している。
 自分で満足できるような動画の編集が終わると、すでに空は白み始めていた記憶があった。

 その記憶が、たしかならば……。

「午後三時前か――――――?」

 まる二日以上に渡った自撮り動画と編集作業による疲労のため、自室のベッドに倒れ込んでしまった寿太郎は、そのまま泥のように眠ってしまっていたようだ。

「『眠り姫』なら絵になるが……オトコが眠りについてても、誰も助けに来ねぇぞ!?」

 不知火(しらぬい)の言葉に、頭をかきながら

「わかってるよ……」

と答えると、

「もう一本の動画の編集は終わったのか? 作業が終わってるなら、とっとと、こっちに来やがれ!」

 友人は、そう言うが、いつもの通学経路なら、高等部まではどれだけ急いでも一時間はかかる。

 『学院アワード』の発表は、午後四時からだ――――――。
 
 オンラインでの投票締め切りに合わせたステージでの実演は、十分前に終了することから、いまから、慌てて飛び出しても、とうてい間に合わない。

「いや、いまから家を出ても、もう間に合わねぇよ……」

 三ヶ月祭(みかづきさい)で、クラスや映文研の活動にまったく関われなかったことを申し訳なく思いつつ、そう口にすると、通話相手が「フッ」と笑うのが感じられた。

「寿太郎? まだ、PCは起動したままか? すぐに、Googleマップを開いてみろ」

 不知火(しらぬい)の言葉に反応し、スリープ状態だったPCを起動して、ブラウザから、Googleマップを開いた。

「マップを開いたか? なら、おまえん()と高等部を経路検索して、自転車のアイコンをクリックするんだ!」

 言われたとおり、自転車での経路検索を行うと、画面には

 所要時間:11分

 という信じられない数字が表示された。
 
「マジかよ!?」

 思わず声に出すと、

「映文研の軍師を舐めるんじゃねぇぞ?」

と、自らの知略(ちりゃく)を誇るような声が返ってくる。
 アフロヘアーがトレードマークの自称・天才軍師のことを初めてリスペクトした瞬間かも知れない。

「わかった! すぐに準備する!」

「おう! 映文研でのドキュメンタリー上映は好評だったぞ! 作品の主役が校内に居ないことをのぞけばな! はやく、こっちに来て、観客の声に応えろよ」

「了解!」

 そう言って終話ボタンを押してから、ノートPCにSDカード(どんなデータもクラウドにアップする令和の時代に、こんなモノを使うとは思わなかったが……)を挿し、二つの動画ファイルをコピーする。
 データのコピーが進む間、部屋着のスウェットから制服に着替え、自宅を出る準備を整えた。
 
 着替えが終わると、ちょうど良いタイミングで動画ファイルのコピーが終了したので、PCからSDカードを抜き取って、制服の内側ポケットに潜り込ませ、部屋を出る。

祖母(ばあ)ちゃん、学校に行ってくる!」

 廊下から、大きな声でリビングに居る祖母に声をかけると、

「気をつけて行くんだよ!」

と、張りのある声が返ってきた。
 その声を背中で受けながら、自宅の玄関を出て、マンションの駐輪場に向かう。

 山の手にあり、周辺は坂道ばかりの現在(いま)()()に引っ越してきてから乗ることの少なくなった愛用の自転車だが、メンテナンス不足など少しも感じさせることなく、スムーズにペダルを漕ぎ出すことができた。

 マンションの敷地を出てすぐの場所にある私鉄の踏切を渡って北東の方角に進むと、しばらくして、ため池のある公園が左手に見え、ここから、なだらかな下り坂に入る。
 順調な滑り出しに、
 
(これは、思った以上に早く到着できるかも……)

と、楽観的な考えが頭をよぎったのだが――――――。
 
 ため池を通りすぎ、地元の人間からは、敬意を込めて、()()付けで呼ばれている生活協同組合の店舗が見えたあたりで、快調な道のりに暗雲が、垂れ込み始めた。
 目の前に、これまで下ってきた、なだらかな坂とは比べ物にならないほど、長く、急角度に見える登り坂が見えてきたからだ。

「ウソだろ……」
 
 その光景を前に、絶望的な乾いた笑いがこみ上げてくる。
 自宅を出発して、わずか五分ほどのことであるが、彼は、あらためて、数年前に越してきた自宅マンションの他の住人が自転車をあまり利用しない理由と、自称・天才軍師のアイデアの無謀さを思い知らされることになった。
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