わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜⑨
舞台袖に一番近い場所でダンスを披露していた一年生の広田くんを先頭に、映文研のメンバーが、ステージの壇上から降りてくる。
「お疲れさま! 今日のステージもスゴい迫力だったね」
笑顔で、そう声をかけると、副部長が、苦笑いで応じた。
「そうか……? そう言ってもらえるのはありがたいが……今日も、ギリギリまで出演するかどうか決めていなかったから、成功したのは、一年と二年が、がんばってくれたからだな」
同級生が、そう言って下級生の活躍をねぎらうと、
「緊張したけど、失敗せずに終われて良かったです」
「あ〜、ドキドキしたよな〜」
と、一年生の広田くんと平木くんが安堵したような笑顔で答える。
彼らに続くように、二年生の浜脇くんと安井くんも、
「ギャラリーの反応が良くて、助かった〜」
「あの反応にノセられたとこはあったよな」
と、満足したような顔色で、それぞれの感想を語っている。
「みんなのおかげで、ちょっと緊張がほぐれたかも、ありがとう」
映文研のメンバーに、あらためて声をかけると、彼らを代表して、ふたたび副部長が応じる。
「順番を割り込ませてもらって、申し訳なかったな……瓦木も、ガンバレよ!」
上級生の声に呼応するように、
「先輩なら大丈夫ですよ!」
「応援してます!」
と、下級生も、わたしを励ますように、声をかけてくれる。
彼らの声に、そっと背中を押されるような安心感を覚えたわたしは、
「ありがとう! じゃあ、行ってくるね」
もういちど、笑顔で応えて、スマホの画面をチェックする。
AirPlayアプリで、自分のiPhoneがプロジェクターに接続されていることを確認すると、最後の覚悟を決めて、ステージに上がった。
舞台の中央に立つと、ステージ前に集まった生徒を見渡し、ス〜〜〜〜ッと深呼吸をひとつして、声を出す。
「こんにちは! 三年の瓦木亜矢です! アカペラに、オリジナル曲に、ブレイキン……みんなのパフォーマンスが素晴らしくて、最後に出番が、わたしなんかで良かったのかな、って感じちゃうんだけど……一緒にステージに立ってくれる大切な人もいなくなってしまったので……わたしは、わたしで、自分らしく進めさせてもらおうと思います」
カメラを前にしたライブ配信なら、その向こうに、何万人の視聴者がいても気にならないけど、反応がダイレクトに伝わってくるステージは、やはり、緊張感がケタ違いだ――――――。
覚悟を決めていたとは言え、膝が小刻みに震えているのを感じる。
それでも、なんとか無難に、自己紹介を終えたわたしは、スマホを操作し、ステージの背後のスクリーンに目を向けた。
大型スクリーンには、わたしが過去に投稿した《ミンスタグラム》の画像が表示される。
それは、去年の三日月祭で、ハロウィーンの時期にちなんだ、アメリカン・コミックのキャラクターであるハーレイ・クインのコスプレをした時の画像だ。
「これは、いままで、みんながイメージしていたかも知れない、わたし」
続いて、(《ミンスタ》映えを意識した)体育祭でリコやナミたちクラスメートと固まって撮った集合写真、ライブ配信の告知として試供品を手にして撮った画像などを表示させる。
「これも、瓦木亜矢……この写真も、みんなが想像していた、わたしかな?」
そこまで語り終えると、フッ……と一息つき、次に語る言葉を頭の中で整理する。
「これまで、こうして、キラキラしたイメージを守ろうとしてきたけど……これが、わたしの本当の姿ではないってことを、みんな、もう知ってるんじゃないかな?」
そう言って、微苦笑を浮かべると、ステージの前からも、少し、笑みがこぼれていることが感じられた。
続いて、家族以外には見せたことのない、母親に撮られた寝起きの半目開きの画像をスクリーンに投影する。
「これが、本当のわたし……」
解説を加えると、ステージ前からの笑い声が、さっきより大きくなった。
さらに、スマホの画面をスワイプして、次の写真を投影させる。
それは、9月のあの日、元カレの家で、失態をさらした瞬間をとらえた、あのキャプチャ画像だ。
「これも、わたしですね……みんな、もう何回も見たんじゃないかと思うけど……」
そう言って、自虐的な笑みを浮かべると、ステージの前からは、
「鼻毛女子〜」
という男子生徒の声が上がるのが聞こえた。
「えぇ……そのハッシュタグが拡散されて、自分が、そう呼ばれてるのも知ってる」
ニコリと笑みを浮かべてそう言うと、ステージ前の笑い声は、さらに大きくなった。
「これで、わたしは、自分が積み上げて来たモノをすべて失ったと感じたし、みんなもそう思ったんじゃないかな? でも――――――そうじゃなかった……」
続けて、わたしは、リコとナミ、映文研のメンバー、そして、柚寿ちゃんと寿太郎の画像をゆっくりとスワイプしながら、表示させる。
「わたしは、落ち込んでいる自分を励ましてくれた友だちがいて……そして、いままでの自分を取り戻そうとして考えた計画に、協力してくれた仲間と出会うことができました」
「ありがとう、リコとナミ。いままで生きてきた中で、いちばんヘコんだときに、わたしのそばにいてくれて……それに、映文研のみんな……わたしの自分勝手な計画に巻き込んでしまって、本当にゴメンナサイ。このひと月の間、みんなと接するまでは、映文研の人たちが、こんなに魅力的で楽しい人たちだって気づかなかった……」
そこまで言うと、観客席から、
「オレたちもだ〜」
「スゴかったぞ、映文研!」
という声が上がった。
チラリと、舞台袖の方に目を向けると、照れくさそうに顔を見合わせる映文研の下級生たちの姿があった。
彼らのそんなようすを微笑ましく感じつつ、クラスメートの副部長の姿が見えないことに違和感を覚えながらも、わたしは、この舞台で語るべきことに集中する。
「わたしには、まだ謝らないといけない人たちがいます。一人目は、鳴尾はるか君……わたしの勝手な思いを押し付ける形でコーディネートをさせてもらっていたけど、もっと、ハルカらしさを表現するために、あなた自身の意見に耳を傾けるべきだったね……いまなら、あなたに言われた『本当の愛を見つけたんだ』という言葉の意味がわかるような気がする」
そう告げて、ステージ前で山口さんと寄り添いながら舞台を見つめている元カレの方に視線を向けると、ナニかを言いたげな切ない表情で見返す姿が確認できた。
ふたりの姿を視界の外において、ふたたび、ステージ前の客席全体を見渡したわたしは、本当に伝えたいことを話すため、軽く息を飲み、呼吸を整えた。
「そして、最後に、クラスメートの深津くんと妹の柚寿ちゃんへ……今回、わたしの身勝手な考えで、ふたりを振り回してしまったことについては、どれだけ謝ってもゆるしてもらえないと思う……あなたたちの気持ちを傷つけてしまったことをなかったことにはできないけれど……誰よりも近くで深津くんの変化を見ていた者として、あなたの真摯な姿勢と、わたしの無茶な要求について来てくれたことに、心の底から感謝していることだけは伝えたいと思います」
そこまで一気に語り、伝えるべきことを話し終えたことに安堵したわたしは、強張っていた身体から緊張感がほぐれていくのを感じつつ、自分の舞台を締めくくることにする。
「このひと月の間で、わたしは、友人や新しく親しくなった人たちから、ありのままの自分でいること、そういう自分のままで、真面目に物事に取り組むことの大切さを教えてもらいました。わたしは、大切な人の想いを裏切ってしまったので、もう、その人のそばにいる資格はないけれど……『学院アワード』の投票をまだ済ませていない人は、相手の自分らしさを受けいれてくれる思いやりを持った人に、大切な一票を投票してもらいたいと思います――――――わたしの伝えたいことは以上です。瓦木亜矢でした」
最後に、ペコリとお辞儀をして、わたしは静かに舞台をあとにした。
「お疲れさま! 今日のステージもスゴい迫力だったね」
笑顔で、そう声をかけると、副部長が、苦笑いで応じた。
「そうか……? そう言ってもらえるのはありがたいが……今日も、ギリギリまで出演するかどうか決めていなかったから、成功したのは、一年と二年が、がんばってくれたからだな」
同級生が、そう言って下級生の活躍をねぎらうと、
「緊張したけど、失敗せずに終われて良かったです」
「あ〜、ドキドキしたよな〜」
と、一年生の広田くんと平木くんが安堵したような笑顔で答える。
彼らに続くように、二年生の浜脇くんと安井くんも、
「ギャラリーの反応が良くて、助かった〜」
「あの反応にノセられたとこはあったよな」
と、満足したような顔色で、それぞれの感想を語っている。
「みんなのおかげで、ちょっと緊張がほぐれたかも、ありがとう」
映文研のメンバーに、あらためて声をかけると、彼らを代表して、ふたたび副部長が応じる。
「順番を割り込ませてもらって、申し訳なかったな……瓦木も、ガンバレよ!」
上級生の声に呼応するように、
「先輩なら大丈夫ですよ!」
「応援してます!」
と、下級生も、わたしを励ますように、声をかけてくれる。
彼らの声に、そっと背中を押されるような安心感を覚えたわたしは、
「ありがとう! じゃあ、行ってくるね」
もういちど、笑顔で応えて、スマホの画面をチェックする。
AirPlayアプリで、自分のiPhoneがプロジェクターに接続されていることを確認すると、最後の覚悟を決めて、ステージに上がった。
舞台の中央に立つと、ステージ前に集まった生徒を見渡し、ス〜〜〜〜ッと深呼吸をひとつして、声を出す。
「こんにちは! 三年の瓦木亜矢です! アカペラに、オリジナル曲に、ブレイキン……みんなのパフォーマンスが素晴らしくて、最後に出番が、わたしなんかで良かったのかな、って感じちゃうんだけど……一緒にステージに立ってくれる大切な人もいなくなってしまったので……わたしは、わたしで、自分らしく進めさせてもらおうと思います」
カメラを前にしたライブ配信なら、その向こうに、何万人の視聴者がいても気にならないけど、反応がダイレクトに伝わってくるステージは、やはり、緊張感がケタ違いだ――――――。
覚悟を決めていたとは言え、膝が小刻みに震えているのを感じる。
それでも、なんとか無難に、自己紹介を終えたわたしは、スマホを操作し、ステージの背後のスクリーンに目を向けた。
大型スクリーンには、わたしが過去に投稿した《ミンスタグラム》の画像が表示される。
それは、去年の三日月祭で、ハロウィーンの時期にちなんだ、アメリカン・コミックのキャラクターであるハーレイ・クインのコスプレをした時の画像だ。
「これは、いままで、みんながイメージしていたかも知れない、わたし」
続いて、(《ミンスタ》映えを意識した)体育祭でリコやナミたちクラスメートと固まって撮った集合写真、ライブ配信の告知として試供品を手にして撮った画像などを表示させる。
「これも、瓦木亜矢……この写真も、みんなが想像していた、わたしかな?」
そこまで語り終えると、フッ……と一息つき、次に語る言葉を頭の中で整理する。
「これまで、こうして、キラキラしたイメージを守ろうとしてきたけど……これが、わたしの本当の姿ではないってことを、みんな、もう知ってるんじゃないかな?」
そう言って、微苦笑を浮かべると、ステージの前からも、少し、笑みがこぼれていることが感じられた。
続いて、家族以外には見せたことのない、母親に撮られた寝起きの半目開きの画像をスクリーンに投影する。
「これが、本当のわたし……」
解説を加えると、ステージ前からの笑い声が、さっきより大きくなった。
さらに、スマホの画面をスワイプして、次の写真を投影させる。
それは、9月のあの日、元カレの家で、失態をさらした瞬間をとらえた、あのキャプチャ画像だ。
「これも、わたしですね……みんな、もう何回も見たんじゃないかと思うけど……」
そう言って、自虐的な笑みを浮かべると、ステージの前からは、
「鼻毛女子〜」
という男子生徒の声が上がるのが聞こえた。
「えぇ……そのハッシュタグが拡散されて、自分が、そう呼ばれてるのも知ってる」
ニコリと笑みを浮かべてそう言うと、ステージ前の笑い声は、さらに大きくなった。
「これで、わたしは、自分が積み上げて来たモノをすべて失ったと感じたし、みんなもそう思ったんじゃないかな? でも――――――そうじゃなかった……」
続けて、わたしは、リコとナミ、映文研のメンバー、そして、柚寿ちゃんと寿太郎の画像をゆっくりとスワイプしながら、表示させる。
「わたしは、落ち込んでいる自分を励ましてくれた友だちがいて……そして、いままでの自分を取り戻そうとして考えた計画に、協力してくれた仲間と出会うことができました」
「ありがとう、リコとナミ。いままで生きてきた中で、いちばんヘコんだときに、わたしのそばにいてくれて……それに、映文研のみんな……わたしの自分勝手な計画に巻き込んでしまって、本当にゴメンナサイ。このひと月の間、みんなと接するまでは、映文研の人たちが、こんなに魅力的で楽しい人たちだって気づかなかった……」
そこまで言うと、観客席から、
「オレたちもだ〜」
「スゴかったぞ、映文研!」
という声が上がった。
チラリと、舞台袖の方に目を向けると、照れくさそうに顔を見合わせる映文研の下級生たちの姿があった。
彼らのそんなようすを微笑ましく感じつつ、クラスメートの副部長の姿が見えないことに違和感を覚えながらも、わたしは、この舞台で語るべきことに集中する。
「わたしには、まだ謝らないといけない人たちがいます。一人目は、鳴尾はるか君……わたしの勝手な思いを押し付ける形でコーディネートをさせてもらっていたけど、もっと、ハルカらしさを表現するために、あなた自身の意見に耳を傾けるべきだったね……いまなら、あなたに言われた『本当の愛を見つけたんだ』という言葉の意味がわかるような気がする」
そう告げて、ステージ前で山口さんと寄り添いながら舞台を見つめている元カレの方に視線を向けると、ナニかを言いたげな切ない表情で見返す姿が確認できた。
ふたりの姿を視界の外において、ふたたび、ステージ前の客席全体を見渡したわたしは、本当に伝えたいことを話すため、軽く息を飲み、呼吸を整えた。
「そして、最後に、クラスメートの深津くんと妹の柚寿ちゃんへ……今回、わたしの身勝手な考えで、ふたりを振り回してしまったことについては、どれだけ謝ってもゆるしてもらえないと思う……あなたたちの気持ちを傷つけてしまったことをなかったことにはできないけれど……誰よりも近くで深津くんの変化を見ていた者として、あなたの真摯な姿勢と、わたしの無茶な要求について来てくれたことに、心の底から感謝していることだけは伝えたいと思います」
そこまで一気に語り、伝えるべきことを話し終えたことに安堵したわたしは、強張っていた身体から緊張感がほぐれていくのを感じつつ、自分の舞台を締めくくることにする。
「このひと月の間で、わたしは、友人や新しく親しくなった人たちから、ありのままの自分でいること、そういう自分のままで、真面目に物事に取り組むことの大切さを教えてもらいました。わたしは、大切な人の想いを裏切ってしまったので、もう、その人のそばにいる資格はないけれど……『学院アワード』の投票をまだ済ませていない人は、相手の自分らしさを受けいれてくれる思いやりを持った人に、大切な一票を投票してもらいたいと思います――――――わたしの伝えたいことは以上です。瓦木亜矢でした」
最後に、ペコリとお辞儀をして、わたしは静かに舞台をあとにした。