わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜

第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜⑬

 リコやナミ、それに寿太郎(じゅたろう)まで会場から去って行ったことで、話す相手がいなくなったわたしは、盛り上がったステージの余韻が残る場所に居心地の悪さを感じ、この場から離れることにする。
 
 九月下旬から、このひと月半ほどの間のことを思い返しながら、校内を散策していると、わたしの足は、自然と寿太郎をはじめ、映文研のメンバーたちと多くの時間を過ごした視聴覚教室の方に向いていた。

 思えば、ナミとの(くだらない)賭けのため、そして、校内とSNS上での自分の地位と名誉の回復のため、この視聴覚教室を訪れたことから、すべては始まった。

 ナミにもリコにも、強気の姿勢を見せていたけれど――――――。

 正直なところ、最初は、わたし自身も、寿太郎がここまで劇的な変身を遂げるとは、思っていなかった。

 もっとも、寿太郎の妹の柚寿(ゆず)ちゃんは、ジュニアモデルをしていたくらい容姿が整っているのだし、彼自身も、(良く見れば)整った顔立ちをしているので、磨けば光る相手と出会えたのは、本当にラッキーだったと言えるかも知れない。

 その幸運な出会いを寿太郎自身は、

「これまで、関わりを持っていなかった多くの人と接することの楽しさを教えてくれた」

と、評価してくれた。
 ただ、それは、わたしやリコやナミについても同じことが言える。

 つい最近まで、校内の変わり者集団としか認識していなかった、映文研のメンバーが、一緒にいて、あんなにも楽しい人たちだとは思ってもみなかった。
 今日も素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた彼らの、ひたむきさや、人となりが、少しでも多くの生徒に伝わってくれたなら、わたしは、心の底から嬉しいと感じる。
 
 なのに――――――。

 彼らとの、そして、寿太郎との出会いは、わたしの身勝手な思惑のせいで、台無しになってしまった。

 高校生活三年間を通しての目標だった

三日月祭(みかづきさい)の『学院アワード』でトップになる」

という目標をはたしたにもかかわらず、自分の気持が、スッキリと晴れないのは、そのせいだ。

 ステージの前では十分に話せなかった寿太郎に会ったら、今度こそ、面と向かって、これまでのことを謝らなければならない、と考えつつ、彼のことを想うと、胸が苦しくなる。
 
 彼に対する仕打ちを知っても、あんなにも思いやりにあふれた動画を作ってくれた彼との関係を、わたしは、自分の思惑のせいで、永遠に断つことになってしまった。

 誰もいない廊下で、映像をとおして語られた彼の言葉のあたたかさを思い出すと、涙が溢れてくる。
 
 いまになって、気づいたけれど、付き合っていた相手にフラれ、その決定的瞬間が、ネット上に拡散されたにもかかわらず、わたしが、すぐにショックから立ち直り、前向きでいられたのは、寿太郎とともに、彼の『改造(イメチェン)計画』に没頭できたからだ。
 
 彼と一緒に過ごしている間は、SNSのフォロワーの数や、周りの目を気にすることなく、飾らない()の自分で遠慮なく行動し、()()()()()()()でいることができていたと思う。
 そして、わたし自身、そんな自分を好きでいられた。

 それは、きっと、マイペースで気取らない、寿太郎の性格のおかげだろう。

 彼は、多くの生徒が見ることになった動画のなかで、恥ずかしくなるくらい、わたしの性格をほめてくれたけれど……。
 気づかない間に、寿太郎の人柄によって気持ちが救われていた自分の方こそ、彼に伝えなければいけないことがたくさんある。
 
 それなのに――――――。

 そんな素朴な性格を利用としたわたしの元に、彼が戻ってくることはないだろう、と考えると、切なさで胸が苦しくなる。

 わたしや寿太郎、友人や映文研のメンバーの関係を振り返ると、寿太郎の『改造(イメチェン)計画』について、

「声や話し方の指導まで入って来るとなると、いよいよ、『マイ・フェア・レディ』そのものの展開になってきたな!」

と語った映文研の副部長の言葉を思い出す。
 その言葉が気になって、少しあとにネットで調べると、映画『マイ・フェア・レディ』では、言語学者で講師役のヒギンズ教授と教え子の花売り娘イライザが結ばれるという結末を迎えるけれど、この映画の原作とも言える戯曲『ピグマリオン』では、教え子のイライザは、傲慢で偏屈な教授の元を去り、彼女にプロポーズする(少し頭の弱い)御曹司と結ばれるという。
 
 いまの自分には、『ピグマリオン』の作者である、ジョージ・バーナード・ショーの意図が理解できる気がした。
 
 どれだけ、相手を素敵に変えることができても、教える側に傲慢さがあって、他人の気持ちを理解できないなら、教え子に相応しい相手にはなれない――――――。
 
『学院アワード』の発表が終わったあと、リコは、

「ちょっと、寿太郎くんを借りていくね」

と言って、クラスメートを教室に連れて行った。
 寿太郎のような、お人好しの男子には、わたしよりも、彼女のような思いやりのある優しい女子の方が、絶対に相応しい。
 
 リコ自身もまた、これまで何人かの男子と交際に発展しかけたことはあるけれど、男の子特有の()()()()()()心理的もしくは物理的接触が苦手な彼女は、男子全般に苦手意識を感じている面があるけれど……。

 それでも、寿太郎ならば、彼女のそんな性格も理解して、ゆっくりとお互いに対する気持ちを高めあえるだろう。

 胸に感じる痛みをこらえながら、
 
「自分が育てた男子が、親友の素敵な彼氏になってくれるなら、こんなに嬉しいことはないじゃない……」

と、自分に言い聞かせるようにつぶやいて、頬を伝う涙をぬぐう。 

 傾いた西日が、隣接する大学キャンパスの背後にある山にかくれ始め、薄暗くなった廊下から立ち去ろうとしたとき、階段を駆け上がってくる靴音が聞こえて、カツンカツン――――――と鳴る、その音に不安を覚えたわたしは、思わず身体が強張(こわば)るのを感じた。
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