わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜⑮
ネット・スターの感涙〜瓦木亜矢の場合〜
西日が山に沈んでいき、薄暗くなり始めた廊下に、階段を駆け上がってくる、カツンカツン――――――という靴音が響く。
その音に、思わず身をすくめたわたしの視界に飛び込んできたのは、燕尾服を着たクラスメートの姿だった。
「やっぱり……ここにいたか――――――」
肩で息をしながらつぶやく寿太郎のコスチュームに目を向けながら、口を開く。
「もう、執事喫茶の営業は終わったんだけど……今ごろ、その衣装を着て、わざわざ、何をしに来たの?」
寿太郎に伝えなければいけないことがたくさんある、と考えていたはずなのに――――――。
いざ、本人が目の前にあらわれると、本当に伝えなければならないことを、素直に口に出来ない自分がイヤになる。
「樋ノ口さんと名塩さんに、『三日月祭の執事喫茶を欠勤したから、代わりに、私たちクラスの想いを伝える、という職務を果たしてもらいます』って、依頼されたからな……執事として、その依頼を果たすために来た」
「わ、わたしに、クラスのみんなの想いを伝えるって、どういうこと?」
寿太郎が口にした予想外の言葉に反応し、たずね返す。
「クラスの執事喫茶も、オレたち映文研のドキュメンタリー映画も、亜矢がいなけりゃ、成功しなかっただろう? そのことに対する感謝の気持ちを伝えられていなかったからな……」
寿太郎は、そう言ってから、深く呼吸をして息を整えたあと、穏やかな表情で、ゆっくりと口を開いた。
「亜矢、クラスの執事喫茶の準備と受け付け、お疲れさま。せっかく、オレのぶんの衣装も用意してくれていたのに、参加できなくてゴメンな。――――――それから、映文研のドキュメンタリーの制作に協力してくれて、本当にありがとう。おかげで、映画の上映は、大好評だったそうだ」
彼の発した言葉に、胸がつまりそうになりながら……。
わたしは、言葉を探すように、返答する。
「そんな……お礼を言ってもらうようなことなんて……執事喫茶は、みんなでがんばったからだし……それに……」
その先のことを口にするのは、なにより辛かったけれど、自分のしたことをシッカリと寿太郎本人に伝えて、謝罪しておかなければいけない――――――。
そう思い直し、勇気を振り絞って、口をひらく。
「寿太郎も聞いていると思うけど、わたしが、あなたたちに近づいたのは、あなたをプロデュースして、SNSや校内で、自分の地位を取り戻すため……なにより、大学の学費を稼ぐために、《ミンスタ》で失った案件を取り戻すためなんだ……そのために、寿太郎や柚寿ちゃん、映文研の人たちを巻き込んじゃった。いまさら、許してほしいなんていうのは、虫が良すぎるけど……本当に申し訳ないと思ってる」
そこまで一気に語り終えたあと、両手をお腹のあたりに重ねてから、
「ゴメンナサイ」
と、口にして、深々と頭を下げる。
ただ、九十度近くまで下げた頭の上の方から、すぐに、声がかけられた。
「そんなにかしこまって、謝ってくれなくても大丈夫だよ」
その声に反応して、顔をあげると、相変わらず穏やかな笑みをたたえる寿太郎の姿があった。
彼の優しい声に反発するように、声をあげる。
「どうして? わたしは、寿太郎たちの想いを利用していたのに……」
「相手を利用しようとしていたのは、オレたちも一緒だ。『学院アワード』の投票締め切り直前に見てもらった動画でも話したように、オレは不知火の提案にのって、クラスやSNSで人気者の亜矢のウラの顔を探ってやろう、と考えていた。そのことについては、お互い様だ。亜矢がオレたちに謝るなら、オレの方こそ、亜矢に謝罪しなきゃいけない」
寿太郎は、そう語ったあと、両手をまっすぐ伸ばして身体の側面にあて、
「すまなかった」
と、頭を下げた。
たしかに、ステージ上の大型スクリーンに映し出された映像で、そのことを知ったときは、少なからずショックを受けたけれど、結果として、寿太郎は、わたしのイメージを崩すような作品を残した訳ではなかった。
それどころか、聞いている本人が恥ずかしくなるくらい、わたしのことを持ち上げるような内容の動画を上映し、結果的には、『学院アワード』の投票にも良い結果をもたらしてくれた。
そのことを考えると、自分が彼らを利用しようとしていたことと釣り合いが取れるとは思えない。
「そんな……寿太郎が謝るようなことじゃないよ! それに、わたしは、お金のために、寿太郎たちを利用しようとしてたんだよ?」
ふたたび、彼の言葉に反論するように言うと、寿太郎は、小さくうなずきながら、
「そのことだけどな……さっき、みんなにも見てもらった動画には使わなかった素材があるから、見てもらえないか?」
と言って、執事服からスマホを取り出した。
寿太郎は、白の手袋を外して、マイクロSDカードのファイルが読み込める彼のAndroid端末で動画ファイルを読み込む操作を行ったあと、手袋をハメ直してから両手でスマホを支えて、こちらに見やすいようにディスプレイの角度を調節する。
画面には、わたしの自室と、わたし自身の姿が映し出されていた。
西日が山に沈んでいき、薄暗くなり始めた廊下に、階段を駆け上がってくる、カツンカツン――――――という靴音が響く。
その音に、思わず身をすくめたわたしの視界に飛び込んできたのは、燕尾服を着たクラスメートの姿だった。
「やっぱり……ここにいたか――――――」
肩で息をしながらつぶやく寿太郎のコスチュームに目を向けながら、口を開く。
「もう、執事喫茶の営業は終わったんだけど……今ごろ、その衣装を着て、わざわざ、何をしに来たの?」
寿太郎に伝えなければいけないことがたくさんある、と考えていたはずなのに――――――。
いざ、本人が目の前にあらわれると、本当に伝えなければならないことを、素直に口に出来ない自分がイヤになる。
「樋ノ口さんと名塩さんに、『三日月祭の執事喫茶を欠勤したから、代わりに、私たちクラスの想いを伝える、という職務を果たしてもらいます』って、依頼されたからな……執事として、その依頼を果たすために来た」
「わ、わたしに、クラスのみんなの想いを伝えるって、どういうこと?」
寿太郎が口にした予想外の言葉に反応し、たずね返す。
「クラスの執事喫茶も、オレたち映文研のドキュメンタリー映画も、亜矢がいなけりゃ、成功しなかっただろう? そのことに対する感謝の気持ちを伝えられていなかったからな……」
寿太郎は、そう言ってから、深く呼吸をして息を整えたあと、穏やかな表情で、ゆっくりと口を開いた。
「亜矢、クラスの執事喫茶の準備と受け付け、お疲れさま。せっかく、オレのぶんの衣装も用意してくれていたのに、参加できなくてゴメンな。――――――それから、映文研のドキュメンタリーの制作に協力してくれて、本当にありがとう。おかげで、映画の上映は、大好評だったそうだ」
彼の発した言葉に、胸がつまりそうになりながら……。
わたしは、言葉を探すように、返答する。
「そんな……お礼を言ってもらうようなことなんて……執事喫茶は、みんなでがんばったからだし……それに……」
その先のことを口にするのは、なにより辛かったけれど、自分のしたことをシッカリと寿太郎本人に伝えて、謝罪しておかなければいけない――――――。
そう思い直し、勇気を振り絞って、口をひらく。
「寿太郎も聞いていると思うけど、わたしが、あなたたちに近づいたのは、あなたをプロデュースして、SNSや校内で、自分の地位を取り戻すため……なにより、大学の学費を稼ぐために、《ミンスタ》で失った案件を取り戻すためなんだ……そのために、寿太郎や柚寿ちゃん、映文研の人たちを巻き込んじゃった。いまさら、許してほしいなんていうのは、虫が良すぎるけど……本当に申し訳ないと思ってる」
そこまで一気に語り終えたあと、両手をお腹のあたりに重ねてから、
「ゴメンナサイ」
と、口にして、深々と頭を下げる。
ただ、九十度近くまで下げた頭の上の方から、すぐに、声がかけられた。
「そんなにかしこまって、謝ってくれなくても大丈夫だよ」
その声に反応して、顔をあげると、相変わらず穏やかな笑みをたたえる寿太郎の姿があった。
彼の優しい声に反発するように、声をあげる。
「どうして? わたしは、寿太郎たちの想いを利用していたのに……」
「相手を利用しようとしていたのは、オレたちも一緒だ。『学院アワード』の投票締め切り直前に見てもらった動画でも話したように、オレは不知火の提案にのって、クラスやSNSで人気者の亜矢のウラの顔を探ってやろう、と考えていた。そのことについては、お互い様だ。亜矢がオレたちに謝るなら、オレの方こそ、亜矢に謝罪しなきゃいけない」
寿太郎は、そう語ったあと、両手をまっすぐ伸ばして身体の側面にあて、
「すまなかった」
と、頭を下げた。
たしかに、ステージ上の大型スクリーンに映し出された映像で、そのことを知ったときは、少なからずショックを受けたけれど、結果として、寿太郎は、わたしのイメージを崩すような作品を残した訳ではなかった。
それどころか、聞いている本人が恥ずかしくなるくらい、わたしのことを持ち上げるような内容の動画を上映し、結果的には、『学院アワード』の投票にも良い結果をもたらしてくれた。
そのことを考えると、自分が彼らを利用しようとしていたことと釣り合いが取れるとは思えない。
「そんな……寿太郎が謝るようなことじゃないよ! それに、わたしは、お金のために、寿太郎たちを利用しようとしてたんだよ?」
ふたたび、彼の言葉に反論するように言うと、寿太郎は、小さくうなずきながら、
「そのことだけどな……さっき、みんなにも見てもらった動画には使わなかった素材があるから、見てもらえないか?」
と言って、執事服からスマホを取り出した。
寿太郎は、白の手袋を外して、マイクロSDカードのファイルが読み込める彼のAndroid端末で動画ファイルを読み込む操作を行ったあと、手袋をハメ直してから両手でスマホを支えて、こちらに見やすいようにディスプレイの角度を調節する。
画面には、わたしの自室と、わたし自身の姿が映し出されていた。