わたしのプリンスさま〜冴えない男子の育て方〜
第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜⑰
それは、好きな人からの胸キュン行動、不動のナンバー1!
恋愛ドラマやロマンス映画、少女マンガでも、『ここぞ!』というシーンに登場し、世の恋する乙女たちの心をわしづかみにしてきた仕草。
後ろからハグ(通称バックハグ)―――――――。
(待って! わたし、寿太郎に後ろからハグされてる…………?)
自分の中で、唐突で衝撃的な体験に、思考回路が働かず、よけいな方面に脱線し、
一年ほど前、わたしが、《ミンスタグラム》のアンケート機能にフォロワーの人たちから寄せられた数々のご意見が、浮かびかけたけれど……。
寿太郎から感じられる包容力、ちょっと強引な独占欲、見えない後ろからというのドキドキ感、なによりも、彼の想いが伝わってくる安心感に、このままずっと、身を委ねたい気持ちになってしまう。
そんな想いに身を任せていると、背後から寿太郎がささやいてきた。
「オレの部屋で、映画の話しをした時にさ……聞いてて退屈な話しかも知れない無駄話しを、亜矢は、『けっこう興味深い話しが聞けたと思うし! それに、寿太郎の話しなら、何度でも聞くよ?』って言ってくれただろう? オレは、あのときからずっと、亜矢と離れたくないと思ってた……」
そう言って、これまで優しかった、わたしを抱きしめる彼のチカラが、少しだけ強くなるのを感じる。
いままでのコミュニケーションの中で、彼からは、ほとんど感じることがなかった貪欲さを感じさせる寿太郎の言動に、戸惑いつつも、その強い想いに、さらに胸が高鳴る。
それでも――――――。
彼にペースを握られっぱなしになるのも、シャクなので、精一杯、強がって、
「も、もう、コレだから、オタク系の男子は……相手が、わたしだから、問題ないけど……自分の話しを聞いてくれる女子に、いちいち惚れてたら、悪い女子に騙されるよ? それより、ちょっとだけ苦しいから、チカラをゆるめてくれない?」
と、言い返した。
すると、予想どおり、寿太郎は焦ったように、
「あっ、すまない!」
と言って、腕のチカラをゆるめたあと、
「いちおう、確認だけど……これは、セクハラにならないよな?」
と、せっかくのムードをぶち壊すようなことをたずねてきた。
非モテ男子の空気の読めなさ……いや、寿太郎の純朴な性格を微笑ましく感じつつ、
「いつかのときみたいに、他の女子にしなければね……『後ろからのハグは、わたしだけにする』って約束するなら、また、こんな風にしてもイイよ?」
そう答えると、彼はホッとしたように、息をついたあと、焦ったように返事をする。
「あ、あぁ、約束するよ!」
必死に答える寿太郎のようすに、思わず笑みがこぼれそうになりながらも、わたしのなかで、少しだけ彼をイジってみたいという、嗜虐的な気持ちがわいてきてしまった。
「そう……ありがとう、寿太郎。でもね、こういうシチュエーションでは、『ここは、貴女だけの指定席ですよ、お嬢さま』とか、そういうことを言うのよ? せっかく、ボイス・トレーニングをして、執事服まで着てるんだから、もう少し機転を利かせてよね」
澄ました表情で返答すると、彼は、さっきよりも、もっと焦った表情で、
「え、映画じゃあるまいし、そんなセリフ、言えるわけないだろ!?」
と、抗議の声をあげる。
「残念……やっぱり、容姿やファッションセンスや声を鍛えるだけじゃ、女子を虜にさせるスパダリを育てるのはムリかぁ〜」
そう言って、軽くため息をつくふりをすると、寿太郎は、少しだけムッとした表情になり、ボイトレで鍛え上げたその声で、
「安心してください。ここは、貴女だけの指定席ですよ、お嬢さま」
と、わたしの耳元に、ささやきかけるように語った。
ただ、廊下の窓ガラスに映る寿太郎の表情は、こうしたことに慣れていないことが簡単にわかるくらい、朱く染まっている。
だけども、それ以上に――――――。
寿太郎のセリフを耳にした瞬間のわたしの鼓動の高鳴りは、今日いちばんのモノになっていた。
(ヤバ……! イケボの破壊力、ヤバ過ぎ! マジでハンパない……)
彼以上に動揺していることを、寿太郎に悟られないように、顔を伏せつつ、わたしは、あらためて実感する。
どうやら、自分は、冴えない男子だと思っていたクラスメートの『改造計画』を実行するうちに、トンデモないモンスターを生み出してしまったようだ――――――。
こんな危険な状態の寿太郎を野放しにしておくことはできない!
親友を含めて、周りの女子が、寿太郎の無意識の毒牙にかかる前に、ここは、『改造計画』の発案者にして、プロデューサーである瓦木亜矢が、製造者責任として、彼を引き取ろう、と決意する。
いや、そもそも、寿太郎に、「あのときからずっと、亜矢と離れたくないと思ってた……」と言われたときから、彼を他の女子に譲る気などなくなってしまったのだけど……。
そうして、お互いに顔を真っ赤に染めあっているという、他人が見たら、あきれるようなシチュエーションの最中、廊下の窓ガラス越しに、とつぜん、
ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜!
という音が聞こえたかと思うと、わたしたちのいる三階の校舎よりも、はるかに高い位置で、
ド〜〜〜〜〜〜〜〜ン!
という爆発音が鳴り響いた。
「そっか……不知火の言ってたサプライズは、これだったのか」
まぶしそうに、花火を見上げながら、寿太郎はつぶやくように言う。
「えっ!? 寿太郎も、知らなかったの?」
わたしと違って、映文研の部長である彼は、このサプライズ企画の打ち上げ花火の計画を知っているものと思っていたけど、どうやら、そうではないようだ。
「あぁ……オレは、動画の編集にかかりきりだったからな……去年、映文研で花火のライブ中継をしようとしたとき、知り合った花火職人さんたちと、不知火が交渉したんだろうな」
寿太郎は、そう言って、今回のサプライズの内幕を予想するように語った。
ただ、その経緯が、どんなものであっても、わたしと寿太郎にとっては、とてもありがたい、イベントであったとも言える。
なぜなら、他の誰にも見られていないとは言え、後ろからハグの体勢のふたりは、この上ないくらい、お互いに、ほおを紅潮させていたからだ。
その火照りが、しばらく引きそうにないことを考えると、赤や黄色に輝く打ち上げ花火は、朱色に染まった自分たちの顔の色をかき消すように、ふたりを照らしてくれている。
多くの生徒が花火を見上げている三日月祭のステージからは、シックスペンス・ノン・ザ・リッチャーの『Kiss Me』が、かすかに聞こえてくる。
寿太郎が、わたしたちの背後にある視聴覚教室で、イメチェンのお披露目をしたときに流れていたスタンダード・ナンバーだ。
紅に染まったほおの色を花火のせいにして、彼に背中をあずけながら、スローなテンポの曲に合わせてるように、カラダ全体でリズムを取る。
「ロマンティックな曲だね……いまの季節にピッタリ……」
そう、つぶやくと、寿太郎がうなずいたのがわかった。
「そうだな……これも、不知火がリクエストしたのかも……」
彼は、そう答えたあと、しばらく、間をおいてから、
「さっき、『ずっと、そばにいてくれないか?』と言ったことについては、いつ返事をしてくれても良いから……いまは……この曲が終わるまで、こうしてイイかな?」
と、唐突にたずねてきた。
控えめなのか、積極的なのか、よくわからない要求だけど……。
この状況で、確認を取るところが、寿太郎らしいな、と感じつつ、わたしは返答する。
「わざわざ、聞かなくても……どちらの答えもOKだよ! ――――――だけど、ひとつだけ条件がある……」
こちらの回答に、一瞬だけ困惑したような表情を浮かべた彼は、たずね返す。
「――――――条件って……どんな?」
「もう、寿太郎も知ってると思うけど、わたし、ナミと『寿太郎が《学院アワード》でトップになれるか』って賭けをしてたんだよね……誰かさんが、三日月祭に登校して来なくて、最後の舞台でも自己PRをしなかったから、賭けは、わたしの負け……高等部の卒業までに、罰ゲームを実行しないといけないから、責任を取って、寿太郎も、わたしの罰ゲームに付き合ってよね?」
少しだけ、すねたような口調で、そう返答すると、寿太郎は苦笑いを浮かべつつ、答える。
「そっか……それなら、連帯責任を果たさないとな――――――」
わたしたち、ふたりの間で合意形成がなされたことを確認すると、かすかに漏れ聞こえてくる楽曲も、いよいよ終盤を迎える。
「この曲が終わるまで、こうしてイイかな?」
寿太郎は、曲のラストまで、ハグの体勢を望んでいたかも知れないけれど、優しい声で歌われるボーカルの
♪ So Kiss Me
♪ So Kiss Me
♪ So Kiss Me
という歌詞に合わせて振り向いたわたしは、彼と初めての口づけを交わした。
恋愛ドラマやロマンス映画、少女マンガでも、『ここぞ!』というシーンに登場し、世の恋する乙女たちの心をわしづかみにしてきた仕草。
後ろからハグ(通称バックハグ)―――――――。
(待って! わたし、寿太郎に後ろからハグされてる…………?)
自分の中で、唐突で衝撃的な体験に、思考回路が働かず、よけいな方面に脱線し、
一年ほど前、わたしが、《ミンスタグラム》のアンケート機能にフォロワーの人たちから寄せられた数々のご意見が、浮かびかけたけれど……。
寿太郎から感じられる包容力、ちょっと強引な独占欲、見えない後ろからというのドキドキ感、なによりも、彼の想いが伝わってくる安心感に、このままずっと、身を委ねたい気持ちになってしまう。
そんな想いに身を任せていると、背後から寿太郎がささやいてきた。
「オレの部屋で、映画の話しをした時にさ……聞いてて退屈な話しかも知れない無駄話しを、亜矢は、『けっこう興味深い話しが聞けたと思うし! それに、寿太郎の話しなら、何度でも聞くよ?』って言ってくれただろう? オレは、あのときからずっと、亜矢と離れたくないと思ってた……」
そう言って、これまで優しかった、わたしを抱きしめる彼のチカラが、少しだけ強くなるのを感じる。
いままでのコミュニケーションの中で、彼からは、ほとんど感じることがなかった貪欲さを感じさせる寿太郎の言動に、戸惑いつつも、その強い想いに、さらに胸が高鳴る。
それでも――――――。
彼にペースを握られっぱなしになるのも、シャクなので、精一杯、強がって、
「も、もう、コレだから、オタク系の男子は……相手が、わたしだから、問題ないけど……自分の話しを聞いてくれる女子に、いちいち惚れてたら、悪い女子に騙されるよ? それより、ちょっとだけ苦しいから、チカラをゆるめてくれない?」
と、言い返した。
すると、予想どおり、寿太郎は焦ったように、
「あっ、すまない!」
と言って、腕のチカラをゆるめたあと、
「いちおう、確認だけど……これは、セクハラにならないよな?」
と、せっかくのムードをぶち壊すようなことをたずねてきた。
非モテ男子の空気の読めなさ……いや、寿太郎の純朴な性格を微笑ましく感じつつ、
「いつかのときみたいに、他の女子にしなければね……『後ろからのハグは、わたしだけにする』って約束するなら、また、こんな風にしてもイイよ?」
そう答えると、彼はホッとしたように、息をついたあと、焦ったように返事をする。
「あ、あぁ、約束するよ!」
必死に答える寿太郎のようすに、思わず笑みがこぼれそうになりながらも、わたしのなかで、少しだけ彼をイジってみたいという、嗜虐的な気持ちがわいてきてしまった。
「そう……ありがとう、寿太郎。でもね、こういうシチュエーションでは、『ここは、貴女だけの指定席ですよ、お嬢さま』とか、そういうことを言うのよ? せっかく、ボイス・トレーニングをして、執事服まで着てるんだから、もう少し機転を利かせてよね」
澄ました表情で返答すると、彼は、さっきよりも、もっと焦った表情で、
「え、映画じゃあるまいし、そんなセリフ、言えるわけないだろ!?」
と、抗議の声をあげる。
「残念……やっぱり、容姿やファッションセンスや声を鍛えるだけじゃ、女子を虜にさせるスパダリを育てるのはムリかぁ〜」
そう言って、軽くため息をつくふりをすると、寿太郎は、少しだけムッとした表情になり、ボイトレで鍛え上げたその声で、
「安心してください。ここは、貴女だけの指定席ですよ、お嬢さま」
と、わたしの耳元に、ささやきかけるように語った。
ただ、廊下の窓ガラスに映る寿太郎の表情は、こうしたことに慣れていないことが簡単にわかるくらい、朱く染まっている。
だけども、それ以上に――――――。
寿太郎のセリフを耳にした瞬間のわたしの鼓動の高鳴りは、今日いちばんのモノになっていた。
(ヤバ……! イケボの破壊力、ヤバ過ぎ! マジでハンパない……)
彼以上に動揺していることを、寿太郎に悟られないように、顔を伏せつつ、わたしは、あらためて実感する。
どうやら、自分は、冴えない男子だと思っていたクラスメートの『改造計画』を実行するうちに、トンデモないモンスターを生み出してしまったようだ――――――。
こんな危険な状態の寿太郎を野放しにしておくことはできない!
親友を含めて、周りの女子が、寿太郎の無意識の毒牙にかかる前に、ここは、『改造計画』の発案者にして、プロデューサーである瓦木亜矢が、製造者責任として、彼を引き取ろう、と決意する。
いや、そもそも、寿太郎に、「あのときからずっと、亜矢と離れたくないと思ってた……」と言われたときから、彼を他の女子に譲る気などなくなってしまったのだけど……。
そうして、お互いに顔を真っ赤に染めあっているという、他人が見たら、あきれるようなシチュエーションの最中、廊下の窓ガラス越しに、とつぜん、
ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜!
という音が聞こえたかと思うと、わたしたちのいる三階の校舎よりも、はるかに高い位置で、
ド〜〜〜〜〜〜〜〜ン!
という爆発音が鳴り響いた。
「そっか……不知火の言ってたサプライズは、これだったのか」
まぶしそうに、花火を見上げながら、寿太郎はつぶやくように言う。
「えっ!? 寿太郎も、知らなかったの?」
わたしと違って、映文研の部長である彼は、このサプライズ企画の打ち上げ花火の計画を知っているものと思っていたけど、どうやら、そうではないようだ。
「あぁ……オレは、動画の編集にかかりきりだったからな……去年、映文研で花火のライブ中継をしようとしたとき、知り合った花火職人さんたちと、不知火が交渉したんだろうな」
寿太郎は、そう言って、今回のサプライズの内幕を予想するように語った。
ただ、その経緯が、どんなものであっても、わたしと寿太郎にとっては、とてもありがたい、イベントであったとも言える。
なぜなら、他の誰にも見られていないとは言え、後ろからハグの体勢のふたりは、この上ないくらい、お互いに、ほおを紅潮させていたからだ。
その火照りが、しばらく引きそうにないことを考えると、赤や黄色に輝く打ち上げ花火は、朱色に染まった自分たちの顔の色をかき消すように、ふたりを照らしてくれている。
多くの生徒が花火を見上げている三日月祭のステージからは、シックスペンス・ノン・ザ・リッチャーの『Kiss Me』が、かすかに聞こえてくる。
寿太郎が、わたしたちの背後にある視聴覚教室で、イメチェンのお披露目をしたときに流れていたスタンダード・ナンバーだ。
紅に染まったほおの色を花火のせいにして、彼に背中をあずけながら、スローなテンポの曲に合わせてるように、カラダ全体でリズムを取る。
「ロマンティックな曲だね……いまの季節にピッタリ……」
そう、つぶやくと、寿太郎がうなずいたのがわかった。
「そうだな……これも、不知火がリクエストしたのかも……」
彼は、そう答えたあと、しばらく、間をおいてから、
「さっき、『ずっと、そばにいてくれないか?』と言ったことについては、いつ返事をしてくれても良いから……いまは……この曲が終わるまで、こうしてイイかな?」
と、唐突にたずねてきた。
控えめなのか、積極的なのか、よくわからない要求だけど……。
この状況で、確認を取るところが、寿太郎らしいな、と感じつつ、わたしは返答する。
「わざわざ、聞かなくても……どちらの答えもOKだよ! ――――――だけど、ひとつだけ条件がある……」
こちらの回答に、一瞬だけ困惑したような表情を浮かべた彼は、たずね返す。
「――――――条件って……どんな?」
「もう、寿太郎も知ってると思うけど、わたし、ナミと『寿太郎が《学院アワード》でトップになれるか』って賭けをしてたんだよね……誰かさんが、三日月祭に登校して来なくて、最後の舞台でも自己PRをしなかったから、賭けは、わたしの負け……高等部の卒業までに、罰ゲームを実行しないといけないから、責任を取って、寿太郎も、わたしの罰ゲームに付き合ってよね?」
少しだけ、すねたような口調で、そう返答すると、寿太郎は苦笑いを浮かべつつ、答える。
「そっか……それなら、連帯責任を果たさないとな――――――」
わたしたち、ふたりの間で合意形成がなされたことを確認すると、かすかに漏れ聞こえてくる楽曲も、いよいよ終盤を迎える。
「この曲が終わるまで、こうしてイイかな?」
寿太郎は、曲のラストまで、ハグの体勢を望んでいたかも知れないけれど、優しい声で歌われるボーカルの
♪ So Kiss Me
♪ So Kiss Me
♪ So Kiss Me
という歌詞に合わせて振り向いたわたしは、彼と初めての口づけを交わした。