氷龍の贄姫
第五話:葛藤
 とらわれた左手を、エセルバードはじっと見つめていた。
 手首にくわわる力が弱くなったのを見計らって、彼女の手を掛布の中へとしまいこむ。
 ラクシュリーナの顔は赤く、息も荒い。氷嚢を額に押し当てると「……気持ちいい」とかすかな声が漏れた。
 起きていたら薬を飲ませるようにとカーラに言われたが、やっと寝付いたように見える彼女を起こすのは心が痛む。
 寝台脇の小さなテーブルに薬と水差しの銀トレイを置くと、エセルバードは控えの間へと下がる。
 ラクシュリーナは、彼にとって生きる証のような存在である。
 彼女との出会いは三年前。
 他の子どもたちによって雪玉をぶつけられていたところを助けてくれた。くすんだ色の髪の毛を、春の色と言って称えてくれた。
 彼女のおかげで、オルコット侯爵の子という地位も手に入れた。今は猶子であるが、義父のサライアスは騎士になれば相続権のある養子にすると約束をしてくれた。義父は本気でそう言っている。
 オルコット侯爵家の財産に興味はないが、ラクシュリーナの側にいるためには必要な地位だろう。騎士となって彼女を側で見守りたい。日に日にその思いが強くなっていく。
 エセルバードはゼクスの孫と思われていたが、正確にはそれも異なる。サライアスには本当のことを伝えたが「何も問題ない」と一蹴された。
 ゼクスは龍魔石回収人であった。氷龍が飛び立ったあとの龍の間に、ぽつんといた赤ん坊がエセルバードなのだ。氷龍がどこかから連れてきたのだろう。たまに、氷龍が何かを捕まえて戻ってくることもあるからだ。
 産着に名前が刺繍してあったため、ゼクスはそのままの名をエセルバードにつけたと言っていた。
 ゼクスもまた、流行病で家族を失った者だった。寂しかったのだろう。そこにいた赤ん坊をこっそりと連れ帰り、自分の孫とした。孤児院から引き取ったように見せかければ、なんら問題はなかった。
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