氷龍の贄姫
 彼女の手が、エセルバードの頭を引き寄せた。こつんと額に彼女の肩が触れる。
「姉様もフレイムシアンに嫁ぐ。姉様は好きな人がいるけれども、国のために縁談を受け入れたの。だからわたくしも、王族としての義務を果たしたい」
「だからって、なぜ姫様なのですか?」
 彼女の肩に額を押しつけたまま、エセルバードはくぐもった声で尋ねた。
「お父様とお兄様は、残された民を率いていく必要がある。姉様はフレイムシアンに嫁ぐ。姉様が嫁ぐことで、アイスエーグルはフレイムシアンの援助を受けられる。そうなると、わたくしが適任なのよ」
「それでも……」
 何か他に方法はなかったのか。
「わたくしが流行病にかかったとき、お母様はうつるかもしれないのに、ずっとわたくしの看病をしてくださった。今なら、あのときのお母様の気持ちがなんとなくわかるような気がするの」
 ラクシュリーナがエセルバードを抱き寄せた。
「わたくしはきっと、あなたに生きてもらいたいのよ……」
 頬を涙がつたった。
 彼女もエセルバードが泣いているのに気づいたようだが、静かに背をなでるだけ。
「わたくしね、この部屋から氷龍が空を舞うのを見るのが好きなの。雪を照らす朝日のなか、氷龍が何体も連なって空を飛んでいるの。本当に、綺麗よ。彼らは、氷龍であることに誇りを持っている。そして、このアイスエーグルの民を守ってくれている。その彼らの命が尽きようとしているのであれば、それを見守るのも王族の義務であると、そう思ったのよ。わたくしは氷龍とともに生きる――」
 それがラクシュリーナの決意なのだ。
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