氷龍の贄姫
 カーラはラクシュリーナに兎の毛皮のコートを羽織らせた。この兎はアイスエーグル国で皮用に養殖されているものである。寒さが厳しい国ならではの産業ともいえよう。
 ラクシュリーナは、白藍の髪を結わえずにおろすようにと、カーラに命じた。寒い日は髪をおろすと、首元があたたかい。
 カーラとサライアスを従え、外に出る。雪の降り始めの季節だからか、それほど寒くはなかった。
 一面の月白色の世界に、ラクシュリーナは紫紺の目を細くする。太陽は出ていないが、雪の色はまぶしい。さくりさくりと雪を踏みしめ、子どもたちの側に近づく。
「あなたたち、楽しそうね。いったい、何をしているのかしら?
「げ、姫様」
「人の顔を見て、げって、失礼じゃないの」
「え? いや、あっ。ははっ、わ~、逃げろ~」
 今まで雪遊びをしていた子どもたちは、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。残ったのは、踏み荒らされた雪と一人の男の子。
「見かけない子ね」
 ラクシュリーナは雪の上にうずくまる男の子を見下ろした。
「ああ、この子はゼクスのところにいた子ですね。ゼクスが亡くなったあと、こちらで仕事を与えた聞きました。今は、マルクが世話を焼いています」
 ゼクスとは数年前まで王城で使用人として働いていた男だ。年齢を理由に辞め、家族のもとに戻ったと聞いていたが。
「え? ゼクス、亡くなったの? この子はゼクスの孫ってこと?」
 カーラから聞いた話は、ラクシュリーナにとっては初耳だった。
 かつての使用人がどうなったかだなんて、いちいち情報は入ってこない。カーラもわざとそういった情報を聞かせようとはしなかったのだろう。ラクシュリーナの立場を考えれば、仕方のないことかもしれない。
< 4 / 45 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop