氷龍の贄姫
 尋ねると、青年はにっこりと微笑んだ。
 その笑顔を見ると、胸がぎゅっと痛んだ。この笑顔を知っている。
「俺は、エセルバード・オルコット。このたび、ラクシュリーナ様の近衛騎士隊長に任命されました」
「エセル……」
「はい、エセルです」
「うそ……」
「うそではありません。あれから二十年が経っているのです。俺も二十九歳になりました。約束通り、姫様を守る騎士となりました」
「うそ……」
 目頭が熱い。 
「おはようございます、姫様」
 それはいつも彼と食堂で交わす挨拶だったはず。
「おはよう、エセル……」
「身体を起こしますか?」
「そ、そうね」
 こうやって、見下ろされているのは少し恥ずかしい。身じろいでから起きようとすると、彼の手が背中を支えてくれた。小さくて幼かった手は、大きく太くて大人の手になっている。
「本当にエセルなの?」
「えぇ。義父はサライアス・オルコットです。俺を養子にしてくれました。今は引退して、田舎に引っ込んでおります」
「そう……」
「信じられないようですね。姫様が雪道で転びそうになったのを助けたのは俺です。そのあと、高熱を出されたので心配しましたよ」
 それは眠りにつくほんの数ヶ月前の出来事。
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