氷龍の贄姫
「まあ、いいわ。それよりもあなた。立ちなさい、立てるでしょう」
 その声に、男の子はピクッと反応した。
「立ちなさい、これは命令よ」
 観念したかのように、彼はすっと立ち上がる。力強い天鷲絨《びろうど》の瞳は、ラクシュリーナをじっと見上げている。
「わたくしはラクシュリーナ、十六歳よ。あなた、お名前と年齢は?」
 天鷲絨の瞳がやわらかく揺れた。
「エセルバード、六歳」
「まあ、お利口ね。だけど、あなたの素敵な髪が濡れているわ。珍しい色ね。春に咲き誇るたんぽぽみたいな色。春の色だわ」
 ラクシュリーナはサライアスの髪に触れる。
「あ、濡れているのは髪だけじゃないわね。全身、びしょ濡れよ。カーラ、この子を浴室に案内して」
「姫様。使用人の子を勝手にそのようにしては……」
「大丈夫よ。ね、サライアス」
 ラクシュリーナがサライアスを見上げると、彼は少しだけ身体を引いた。
「サライアスは結婚する気がないのでしょう? だから、この子を弟子にしたらどうかしら?」
「姫様の話が飛躍しすぎていて、私には理解できません」
「この子、あれだけ集中的に雪玉を投げつけられていたのに、ひるむことなく相手に対抗していたの。それに雪玉をよける動きも機敏でよかったわ。今からあなたが育てれば、十年後にはこの国一の騎士になる。だから弟子にしなさい。そして、サライアスの弟子なら、風邪をひかないように、浴室で身体を温める必要があると思うの。ね、これですべての問題は解決よ」
 カーラとサライアスは困ったように顔を見合わせた。
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