氷龍の贄姫
「……姫様のご推薦であれば、鍛えがいがあるということでしょう」
 身体を震わせていたエセルバードは、クシュンとくしゃみをした。ラクシュリーナは慌てて自分の首元をあたためていた若草色のマフラーで、彼を包み込む。
「昔から、首のつくところをあたためなさいと言うの。首と手首と足首ね。とりあえず今はこれで首だけでもあたためて」
 驚いたように目を見開いた彼は、マフラーをきゅっと握りしめた。
「エセルバード、君はどうする? 私の弟子になってこのまま浴室に向かうか、そのマフラーをおいてこの場を去るか」
 冷ややかな言い方をしたサライアスだが、いじわるをしているわけではない。エセルバードの心構えを確認しているのだ。
 エセルバードはサライアスを見上げる。言葉を紡ぎ出そうとする小さな唇が震えている。
「ぼ、ボク……。騎士になりたいです。立派な騎士になって、姫様を守りたいです。ボクでも騎士になれますか?」
 エセルバードの言葉に、サライアスはゆっくりと微笑む。
「ああ。私の鍛錬についてこられるなら、姫様を守れるだけの立派な騎士になれるだろう。決まりだな」
 そう言ったサライアスは、少しだけ口元をほころばせた。
「サライアス、何を考えているの? あなたがそういう顔をしているときは、何かを企んでいるときなのよ」
 サライアスの微妙な笑顔を見つめたラクシュリーナは、眉間にしわを寄せて睨みつける。
「いえ、何も企んでおりませんよ?」
 ラクシュリーナにとっては信じられないような言葉だ。
 そう、このときのサライアスはエセルバードを養子にしようと考えていた。結婚する気のないサライアスに子を望むのは難しい。となれば養子をとる必要がある。だが、その話もこじれていて面倒くさくなっていた。何しろサライアスはオルコット侯爵家の当主でもある。やはり十年前の流行病で両親を失い、当主を引き継いだ。それが面倒くさい立場の理由である。
 エセルバードであれば、かつての使用人であったマルクの孫だ。マルクだって男爵位の男だった。となれば、それなりの血筋でもある。そんなことを、サライアスは密かに考えていた。
 もちろん、ラクシュリーナには当分、言うつもりはない。
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