冷酷無慈悲な悪魔公女ですので暴君殿下に溺愛されても動じません

1 悪魔公女

「悪魔公女様のお通りだ!道をあけないと殺されるぞ!」

 アカデミーの卒業式からの帰り道、シルビアが長い廊下を歩いているとそんな冷やかしの声が耳に入ってきた。
 声の方に顔だけを向けると、ニヤニヤと笑っていた小太りの男子生徒があからさまにうろたえ、顔を伏せたが、シルビアは目をそらすことなくまっすぐ彼の元に歩み寄った。
 コツコツとシルビアの靴音が廊下に鳴り響く。周囲のアカデミー生は恐ろしいものでも見るかのように卒業証書で顔を隠し、これから起こる惨事を半分恐れ、半分期待していた。

 目の前に立つシルビアをさすがに無視するわけにはいかないと思ったのか、男は気まずそうな顔のまま、おずおずと顔をあげてシルビアを見上げた。
 女の割に高身長のシルビアは、ヒールをはいていると大体の男を見下すことになる。
 誰もが凍りつくような冷たい視線を向ける彼女の姿は、「悪魔公女」呼ばれるのにふさわしかった。

「あの、公女様……何か御用でしょうか?」

 先ほどシルビアの陰口を言った者とは思えない態度で、男は尋ねた。
 これまでのシルビアは自分の悪い噂を耳にしても、自分を揶揄する声が聞こえてきても、無反応だった。言い返す価値もないと思っていたからだ。だからこそ、アカデミーを出れば立場が天と地ほどの差があるこの男も、堂々とシルビアに陰口を叩くことができた。
 だが、今日は卒業の日。もうここに来ることもなければ、この男の顔を見ることもない。卒業祝いに、この男にとって忘れられない日にするのも悪くはないだろう。
 
 シルビアは、蛆虫を見るかのような顔で男に言い放った。

「私のために道をあける必要もないし、あけなかったところで殺しはしないわ」

「いや……その、それは……」

 シルビアの直接的な物言いに男は言葉を濁らせ、必死に言い訳を考えているようだったが、シルビアはお構いなしに言葉を続けた。

「けど確かに、あなたのような醜い小豚は隅の方に寄っていただけると助かるわね。気遣いに感謝するわ」

「……っ!」
 
 シルビアの取ってつけたような笑顔は、明らかに相手を嘲笑していた。
 男の顔はみるみるうちに赤く染まったが、シルビアは気に留めることなくアカデミーを後にした。

 
 

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