冷酷無慈悲な悪魔公女ですので暴君殿下に溺愛されても動じません
 ***

 その日の夜、夢を見た。
 シルビアが二学年に進級した年、父、シャーノン公爵がアカデミーに訪れた時のことだ。
 普段は無関心な公爵も、表向きは娘との関係は良好だと示す必要があった。生徒や教授たちの前では、シルヴィアの肩をだき、愛おしそうに微笑みかけ、甘ったるい言葉を浴びせた。
 しかし、中庭に出て二人きりになった途端、公爵の顔の温度はみるみるうちに下がった。
 シルビアの先を行く公爵が振り返り、氷のように冷たい視線をシルヴィアに向けると、刺々しく言った。

「シルビア。お前をアカデミーに入れたのはなぜだかわかるか」

「勉学に励むためです」

 シルビアがなんの躊躇いもなくそう言うと、公爵はため息をつき、二人を囲うように咲いているつるバラの赤い花を引きちぎった。

「お前は誰が見ても美しい、この王国で一際輝く赤い薔薇だ。誰もが欲しがるその薔薇は、私が育て上げ、今もなお私の手の中にある。この薔薇を手にいれるために、人々はいろいろなものを私に与えようとするのだ。中には自分の命を差し出そうとする者もいるだろう」

「……一体何をおっしゃりたいのでしょうか」

 シルビアの顔を、公爵の冷たい目が刺すように見つめた。

「シルビア、お前には絶大な価値がある。だが、それはお前のものじゃない。お前が自由に使えるものでもない。必要なものを手に入れるときの、切り札としてお前を大切にとっておいたんだ」

「必要なもの、ですか」

「必要なもの、つまり、絶対的な権力だ。民を従え、国を支配し、王族までもが私にひれ伏す。そんな未来がもうすぐ来る」

 公爵は悦に入るように空を仰ぎ、両手をめいいっぱい広げ、息を思い切り吸い込んだ。
 そして、息を吐き切ったあと、遠くを見るような顔で言い放った。

「それなのに、お前はなぜイヴァン・ザカルトと親しくしているんだ」

「……!」

 突然父の口から出た"イヴァン・ザカルト"という言葉に、エレノアは胃液が喉までせり上がってくるのを感じた。
 イヴァンと会っていたのは学園内のみであり、授業も人気のない場所を選んでいた。まさか父親に知られているとは思わなかったのだ。
 
「アカデミー内でのお前の行動はすべて把握している。私に隠し事など不可能だ」

 そう言うと、公爵はシルビアの顎を持ち、まじまじとその美しい顔を眺めた。

「第一王子とはいえ、あの方が王太子になることはないだろう。無能で威厳もなければ、この国のトップに立てはしないうつけ者だ。それなのに、なぜお前があの方と共にいる?」

「学業を……手伝ってほしいと頼まれたのです。うつけ者でも彼は王族です。逆らえば、どんな罰が下るかわかりません」

「学業を手伝うだと?それはお前のやることでない、教師の仕事だろう」

 最もな父親の言葉に、シルビアは閉口した。

「うつけの相手はほどほどにしろ。お前が今できることは、有力な貴族の子息たちとの関係を良好に保つこと。王太子となる第二王子に見初められることだ」
 
「……はい」

「これ以上私を失望させるな」

 公爵はそう言い残し、その場を立ち去った。
 
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