冷酷無慈悲な悪魔公女ですので暴君殿下に溺愛されても動じません
 シルビアが父の後ろ姿を見ることなく俯いていると、近くの垣根からゴソゴソと音が聞こえた。
 シルビアがハッと音がする方に目をやると、そこにはイヴァンがいた。
 また授業をサボって寝ていたのだろう。ひどい寝癖がついたまま、ふらっと立ち上がった。
 
「殿下……」

 シルビアが驚きのあまり、何も言えずにいると、イヴァンはぷいとそっぽを向いた。

「俺は何も聞いていない」

 そう言い捨てると、イヴァンはシルビアの目を見ないまま、背中を向け走り去っていった。

(待って……!)

 イヴァンを追いかけたいのに、シルビアの身体はピクリとも動かなかった。
 動こうと力をいれるほど、身体がこわばる。

(息が……っ)

 ヒューヒューと喉が鳴る。思い切り息を吸いたいのに、酸素が徐々に薄くなっているような気がする。
 どんどん遠くなっていくイヴァン。動き出せないシルビア。二人の距離が離れていくたびに、シルビアの身体は冷たくなっていった。

 そうして、シルビアは目を覚ました。
 その夢の鮮明さは、シルビアを憂鬱にさせた。

(彼を、深く傷つけてしまったに違いないわ……)
 
 あの日から、イヴァンの態度はがらりと変わった。
 アカデミーの授業には休まず参加し、シルビアの授業で居眠りすることはなくなった。その代わり、シルビアの前ではまったく笑顔を見せなくなった。
 おそらく、「うつけ者」と呼ばれたことへの当てつけだろう。それまでは、ふざけてばかりでじっと座っていることなどなかったが、シルビアが教科書の解説をしている最中も黙々とメモを取り、文句一つ言わず課題をこなした。

 無能と呼ばれていても、第一王子には変わりない。あんなことを聞かれてしまったのだから、罰せられても不思議ではなかった。
 しかし、イヴァンは何も言わず、まるで何もなかったように、シルビアの授業を受け続けた。
 人が変わったように学業に意欲的になったイヴァンを前に何も言えず、シルビアは卒業の日まで家庭教師をまっとうした。


 そんな過去の記憶に胸を痛めていると、部屋に重いノック音が響いた。
 軽く部屋着を整え、「どうぞ」と声をかけると、現れたのはイヴァンだった。

「殿下……」

「朝早くにすまないな」

「いえ……用件はなんでしょうか」

「君の父上について、聞きたいことがある」

「お父様のこと、ですか……?」
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