冷酷無慈悲な悪魔公女ですので暴君殿下に溺愛されても動じません
5 イヴァンの事情
***
「どうしてそう無理をなさるのです。殿下のご病気は陛下も承知のはずです」
イヴァンが万年筆片手に、頭を抱えていると、執事のアルヴィンが尋ねた。
「民のために、俺が無理をせずどうする。それに、俺が無理をしないと、あの悪漢からシルビアを守れない」
そう言って、イヴァンは顔をあげることなく、黙々と手を動かし、公務に取り組んだ。
イヴァンは難読症と呼ばれる、文字を読むことが困難である病気を持っていた。どれだけ目を凝らしても、文字がぐにゃりと歪み、なんと書いてあるのかが判別できない。読める文字もあったが、まとまった文章を滞りなく読むのには時間がかかった。だから、無理やりいれられたアカデミーでも、勉強する気はまったく起きず、自暴自棄になった。自分が周囲から「うつけ」と呼ばれているのはなんとなく知っていたが、言い返すのも億劫だった。
しかし、シルビアと出会ってから、その気持ちはガラリと変わった。
初めて会ったときから、シルビアは読めない女だった。冷たい顔をしてイヴァンを蔑んでいるかと思いきや、あっさりと手を差し伸べ、見返りも求めなかった。アカデミーきっての才女で、容姿端麗な公爵令嬢にも関わらず、友人は一人もいないようだった。どんな物でも手に入る権力と財産を持っているのに、昼はいつも同じエッグサンドを頬張り、余ったパンの欠片を猫に与えていた。
はじめは興味本位で家庭教師をしろと命じたが、意外にも真面目に授業をするシルビアの姿を見ているうちに、いつも変わらない表情も、実は少しずつ変化していることに気がついた。
シルビアの好きな科目は数学だ。数学を教える時は、いつもより少し早口で、ツンとした顔で問題の解法を教えてくれる。逆に苦手な科目は、文学。難しい言葉を知っているのに、肝心の読解は苦手なようで、たまにシルビアの回答と模範回答が異なっている時は、あからさまに不機嫌な顔をして、足を組んだ。
好きな食べ物はエッグサンド。執事のウィルソンお手製の物らしい。授業が終わった後、エッグサンドを頬張るシルビアの頬はほんのり紅潮し、まばたきはいつも以上にゆっくりになる。
学業を手伝ってもらうつもりが、イヴァンはシルビアが見せる様々な顔に夢中になった。
その変化を見逃さないように、居眠りをするふりをしながら、こっそりシルビアの横顔を見つめた。
ずっとこんな日が続けばいい。
そう思っていたイヴァンも、シルビアとシャーノン公爵の会話を聞いて、危機感を抱いた。
(いつかはアカデミーを卒業しなくてはならない。公爵令嬢であるシルビアは、王室か、有力な貴族の元に嫁ぐのだろう。そうなれば、もう俺は……)
いつかシルビアに会えなくなる。
そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
その日から、イヴァンは人が変わったように学業に精を出した。
「うつけ者」をやめ、シルビアにふさわしい王太子になるために。
しかし、どんなに努力しても字を読むことが困難なのには変わりがない。公務に支障がでないよう、会議資料はアルヴィンが読み上げ、考える時は手を動かした。
そんなイヴァンを見て、アルヴィンは安心したように微笑んだ。
「殿下は、シルビア様と出会ってからすっかり変わりましたね」
「そうか?確かに以前より知識はついたと思うが……」
「いえ、そうではなくて……」
そう言うと、アルヴィンは照れたように手の甲をさすった。
「殿下は本当に、玉座にふさわしいお方になりました」
「どうしてそう無理をなさるのです。殿下のご病気は陛下も承知のはずです」
イヴァンが万年筆片手に、頭を抱えていると、執事のアルヴィンが尋ねた。
「民のために、俺が無理をせずどうする。それに、俺が無理をしないと、あの悪漢からシルビアを守れない」
そう言って、イヴァンは顔をあげることなく、黙々と手を動かし、公務に取り組んだ。
イヴァンは難読症と呼ばれる、文字を読むことが困難である病気を持っていた。どれだけ目を凝らしても、文字がぐにゃりと歪み、なんと書いてあるのかが判別できない。読める文字もあったが、まとまった文章を滞りなく読むのには時間がかかった。だから、無理やりいれられたアカデミーでも、勉強する気はまったく起きず、自暴自棄になった。自分が周囲から「うつけ」と呼ばれているのはなんとなく知っていたが、言い返すのも億劫だった。
しかし、シルビアと出会ってから、その気持ちはガラリと変わった。
初めて会ったときから、シルビアは読めない女だった。冷たい顔をしてイヴァンを蔑んでいるかと思いきや、あっさりと手を差し伸べ、見返りも求めなかった。アカデミーきっての才女で、容姿端麗な公爵令嬢にも関わらず、友人は一人もいないようだった。どんな物でも手に入る権力と財産を持っているのに、昼はいつも同じエッグサンドを頬張り、余ったパンの欠片を猫に与えていた。
はじめは興味本位で家庭教師をしろと命じたが、意外にも真面目に授業をするシルビアの姿を見ているうちに、いつも変わらない表情も、実は少しずつ変化していることに気がついた。
シルビアの好きな科目は数学だ。数学を教える時は、いつもより少し早口で、ツンとした顔で問題の解法を教えてくれる。逆に苦手な科目は、文学。難しい言葉を知っているのに、肝心の読解は苦手なようで、たまにシルビアの回答と模範回答が異なっている時は、あからさまに不機嫌な顔をして、足を組んだ。
好きな食べ物はエッグサンド。執事のウィルソンお手製の物らしい。授業が終わった後、エッグサンドを頬張るシルビアの頬はほんのり紅潮し、まばたきはいつも以上にゆっくりになる。
学業を手伝ってもらうつもりが、イヴァンはシルビアが見せる様々な顔に夢中になった。
その変化を見逃さないように、居眠りをするふりをしながら、こっそりシルビアの横顔を見つめた。
ずっとこんな日が続けばいい。
そう思っていたイヴァンも、シルビアとシャーノン公爵の会話を聞いて、危機感を抱いた。
(いつかはアカデミーを卒業しなくてはならない。公爵令嬢であるシルビアは、王室か、有力な貴族の元に嫁ぐのだろう。そうなれば、もう俺は……)
いつかシルビアに会えなくなる。
そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
その日から、イヴァンは人が変わったように学業に精を出した。
「うつけ者」をやめ、シルビアにふさわしい王太子になるために。
しかし、どんなに努力しても字を読むことが困難なのには変わりがない。公務に支障がでないよう、会議資料はアルヴィンが読み上げ、考える時は手を動かした。
そんなイヴァンを見て、アルヴィンは安心したように微笑んだ。
「殿下は、シルビア様と出会ってからすっかり変わりましたね」
「そうか?確かに以前より知識はついたと思うが……」
「いえ、そうではなくて……」
そう言うと、アルヴィンは照れたように手の甲をさすった。
「殿下は本当に、玉座にふさわしいお方になりました」