冷酷無慈悲な悪魔公女ですので暴君殿下に溺愛されても動じません
 イヴァンの一つ下の第二王子は一見愛想がいい好青年で、イヴァンより優秀ではあったが、愛他主義者のイヴァンとは違い、民の幸せより自分の利益を重要視する男だった。飢えや病に苦しむ人々に寄りそう考えを持たず、自分の権威を高めるためだけに他国との戦争を渇求していた。
 それを国王は見抜いていたのだろう、難読症であり王太子になるのは絶望的だったイヴァンを、無理やりアカデミーに入学させ、なんとか国の未来を繋ごうと必死になっていた。

 国王がイヴァンがアカデミーでうまくやれていたか気に揉んでいた日々を思い出し、アルヴィンが感極まって目頭を抑えると、足元でニャーという小さな鳴き声が聞こえてきた。
 白髪が混じる髪の毛を手で撫でながら、アルヴィンは遠慮がちに尋ねた。

「殿下。ずっと気になっていたのですが、なぜここに子猫が……」

「ああ」

 イヴァンは、アルヴィンの足に擦り寄る子猫と、机の上で優雅に寝ている子猫を交互に見て言った。

「この二匹は兄弟なんだ。離れ離れにしたらかわいそうだろう」

「いえ、二匹という点について気になっているわけではなく、なぜ子猫がこの部屋に……」

「シルビアがこの二匹を気に入っていたんだ」

「シルビア様が?ですが、殿下の話によると猫を特別好んでいるわけではないと……」

「そうは言っていたが、シルビアは確かにこの二匹を気に入っていた。愛おしそうに微笑みかけていたからな」

 アルヴィンは首を傾げた。
 彼が知る限りでは、シルビアは動物に微笑みかけ、愛でるということをしない人物だ。婚約者であるイヴァンにさえいつも冷たい態度を取り、ほとんど動かない表情は、いくら目を凝らしても何を考えているのか見当もつかない。
 
「そういえば、猫の飼い主はすべて見つかったんだよな?シルビアは他の猫の行く先も気にしていたから、後で報告して安心させないとダメだ。あいつは不安なことがあるとすぐ眠れなくなるんだ」

「……はい。では、シルビア様には後ほどまとめて報告させていただきます」

 いくつか猫に関する指示を受けたアルヴィンは、イヴァンの書斎を後にした。
 歩きながらシルビアの姿を頭の中で思い描くが、どうしてもイヴァンが言っていた姿が想像できない。
 冷ややかな目、不愉快そうに歪む口元、苛立ちさえ感じさせる仕草。思い出す彼女の姿は、悪魔公女と巷で呼ばれるだけの、冷酷無慈悲さが滲み出ていた。

「殿下にしかわからない何かがあるんでしょうな」

 アルヴィンはそう言って、猫たちのおやつを取りに倉庫へ向かった。




 
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