冷酷無慈悲な悪魔公女ですので暴君殿下に溺愛されても動じません
 ***

 結婚式を目前に控えたある日、シルビアの父、シャーノン公爵がシルビアの元を訪れた。
 シルビアはできるだけ心を無にして、父の言葉を待った。

 「式を終えれば、お前は王族に、そして次期王妃となる。この国を掌握する唯一の女性となるのだ」

 「……はい」

 自分が王妃になったとしても、この国を掌握するのは父になるはずだ。
 シルビアは生まれた時から今までずっと、父の犬として生きてきたのだから。

 顔色一つ変えずに、人形のように座っているシルビアを見て、公爵は愉快そうに笑った。

 「ははっ、さすがは私の娘だ。こんなに重大な日が迫っているにも関わらず、表情一つ変わらないとは。あのうつけ者と結婚する不幸を前にすれば、お前の美しい顔も少しは歪むと思ったが……」

 「うつけ者」という言葉に、シルビアの眉がピクリと動いた。
 今のイヴァンはもううつけ者ではない。それは世間も、現国王も認めていることだ。
 父の言っていることは間違っている。

 「少し知恵をつけたところで、所詮はうつけ者。お前ならあの男を手玉に取れるはずだ。どんな人間でも弱みはある。そこを徹底的につくんだ。一つの真実さえあれば、残りの九つが嘘でも真実に見える。ああ、想像するだけで震えが止まらない。あいつを玉座から引き摺り落とし、私がこの国の頂に立つ日がもうすぐ来るのだ……!」

 浮かれる公爵の姿を見て、シルビアは憂鬱な気持ちになった。
 公爵はすでに王家をのっとる手筈は整えている。あとはイヴァンに罪をなすりつけ、断罪台に送るだけ。そのためには、シルビアの力が必要なのだ。

 「……できません」

 シルビアの呟きに、公爵が声を低くした。

 「今、なんと言った?」

 「私には、殿下の弱みを握ることはできません。ですので、お父様の命令には従えません」

 公爵の顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、鼻孔は怒りでピクピクと痙攣していた。
 それでもシルビアが発言を撤回することはなかった。シルビアがこう言ったのにはわけがあったからだ。
 
 イヴァンには、弱みなどないのだ。アカデミーで嫌と言うほど彼に接してきたからわかる。
 悪人は誰もがずる賢いが、「うつけ」と呼ばれた彼の心はまっさらで汚い欲望は一切ない。

 シルビアは目を見開いたまま固まっている父親に向かって、追い討ちの一言を発した。

 「彼はもううつけ者ではありません。彼は、お父様よりはるかに賢明な人です」
 
 「お前……!いつからそんな口の利き方をするようになったんだ!」

 鼻孔が膨らませながら、怒鳴り散らす父を見ても、シルビアの顔色は変わることがなかった。
 その時初めて、公爵は自分の娘の無感情さに腹を立て、腕を思い切り振り上げた。

(大丈夫。一瞬で終わるわ)

 そう心で唱え、痛みを覚悟したシルビアはぎゅっと目を瞑る。
 その時だった。

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