冷酷無慈悲な悪魔公女ですので暴君殿下に溺愛されても動じません
アカデミー生の間で「悪魔公女」と呼ばれているシルビア・シャーノンは、その名の通り、悪魔のように冷血無慈悲で、人を惑わす美しさを持つ貴族令嬢だった。
腰まで続く艶やかな漆黒の髪に、深いアメジスト色の大きな瞳は、彼女の美しさを際立たせる。恐ろしいほど優れた容貌を持つ彼女は、今年成人を迎え、さらにその美しさに拍車がかかったようだった。
そして彼女は、公爵令嬢という誰もが羨む地位に君臨するのみならず、限られたものしか入学を許されていない、王都唯一の総合アカデミーに首席で合格し、一位の座を誰にも譲ることなく卒業の日を迎えた。
しかし、前述の通り、その美しさや聡明さを持ってしても、シルビアは誰かに好かれるような人柄ではなかった。
飼っていたペルシャ猫が事故で死んだ時も涙は一粒も流れなかったし、クラスメイトが事故に遭い周囲は涙する中、シルビアは「そう」と短く反応するのみで、かわいそうなクラスメイトに同情している気配すらなかった。
シルビアが欠如しているものといえばそれだけではない。自分に対する親切心や好意にすら鈍感で、入学当初、心優しい子爵令嬢が一人で昼食をとっているシルビアに、「一緒にランチはどう?」と勇気を振り絞って話しかけた時でさえも、迷惑そうに眉を顰めていたのだった。
シルビアが卒業証書を片手にアカデミーの洋館から出ると、温かい風が頬を横切り、若葉が繁る木々はそよそよと笑った。
いい天気だ。それなのに、気分は晴れない。
重い足取りで中庭を抜けると、アカデミーの門の前に、公爵家の紋章が大きく刻まれた馬車が停まっていた。
「おかえりなさいませ」
馬車の前に立っていた執事のウィルソンが馬車の扉を開け、シルビアの手を取った。
幼い頃からずっとそばにいてくれたウィルソンもすっかり年老いたものだ。シルビアはウィルソンの深い皺が刻まれた手元を見てそう思った。
シルビアが馬車に乗り込むと、目の前に座ったウィルソンがニコニコと微笑みながらシルビアに話しかけた。
「シルビアお嬢様、ご卒業おめでとうございます」
「ええ」
「三年間も通っていたのに、もうここに来ることはなくなるなんて。寂しくなりますね」
「寂しくなんてないわ。友達は一人もできなかったもの」
そう言いながらもシルビアは相変わらずの無表情だったが、悲しげに眉を下げたウィルソンを見ると、何か間違えたことを言った気分になった。
シルビアが取ってつけたように、「けど、アカデミーは楽しかったわ。色々なことがあったもの」と付け加えると、ウィルソンの顔が少し柔らかくなったように感じた。
「ウィルソン、お父様はなにかおっしゃっていた?」
シルビアはふいにそう尋ねた。
「なにか、と言いますと?公爵様と何かお約束でも……」
「そうじゃないわ。娘の卒業式なんだから、祝辞の言葉くらいあるんじゃないかと思って」
シルビアの言葉にはわずかながら父親への期待が込められており、ウィルソンは言葉を濁しながら答えた。
「……お嬢様のご卒業を、公爵様はとても喜んでいらっしゃいましたよ」
「そう」
シルビアは、ウィルソンが嘘をついていることに気がついていたが、何も言わず窓の外に目を向けた。父親が自分に興味がないのはいつものことだった。きっと今日が卒業式だということも知らないのだろう。
御者の掛け声が聞こえ、シルビアを乗せた馬車が公爵邸へとゆっくりと動き出した。
今日はシルビアの婚約者、イヴァン・ザカルト王太子が卒業祝いに来る日だ。屋敷についたらすぐにこの制服を脱ぎ、鬱陶しいほど華やかなドレスとジュエリーで着飾らなければならない。
シルビアはため息をついて小窓から見える荘厳なアカデミーを名残惜しげに見つめた。
***
屋敷に着くとすぐに、メイドたちが急いでシルビアの身支度を始めた。
素肌に近い顔には細かく粉砕したダイヤモンドパウダーが含まれた白粉を叩き込み、口元には鮮やかな赤の紅を乗せ、長く美しい黒髪は椿油を染み込ませた櫛で何度もとかし、艶やかに仕上げた。
ドレスはシルビアの瞳と同じアメジストパープルで、シルビアの引き締まったくびれと豊かな胸元を際立たせるデザインだ。そして、V字に開いた胸元には大ぶりのダイヤモンドのネックレスをつけて、イヴァン王太子の婚約者、麗しきシルビア・シャーノン公爵令嬢が完成した。
シルビアは姿見に映る自分の姿を見てため息をついた。
今日身につけている物はすべて、イヴァン王太子からの贈り物である。
婚約者からの贈り物と言えば聞こえはいいが、すべては王太子の権力と財力を見せつけるためのものに過ぎない。彼はどんな思いで嫌いな女にこんな高価なものを送りつけたのだろうか、とシルビアは鏡から目を逸らした。
腰まで続く艶やかな漆黒の髪に、深いアメジスト色の大きな瞳は、彼女の美しさを際立たせる。恐ろしいほど優れた容貌を持つ彼女は、今年成人を迎え、さらにその美しさに拍車がかかったようだった。
そして彼女は、公爵令嬢という誰もが羨む地位に君臨するのみならず、限られたものしか入学を許されていない、王都唯一の総合アカデミーに首席で合格し、一位の座を誰にも譲ることなく卒業の日を迎えた。
しかし、前述の通り、その美しさや聡明さを持ってしても、シルビアは誰かに好かれるような人柄ではなかった。
飼っていたペルシャ猫が事故で死んだ時も涙は一粒も流れなかったし、クラスメイトが事故に遭い周囲は涙する中、シルビアは「そう」と短く反応するのみで、かわいそうなクラスメイトに同情している気配すらなかった。
シルビアが欠如しているものといえばそれだけではない。自分に対する親切心や好意にすら鈍感で、入学当初、心優しい子爵令嬢が一人で昼食をとっているシルビアに、「一緒にランチはどう?」と勇気を振り絞って話しかけた時でさえも、迷惑そうに眉を顰めていたのだった。
シルビアが卒業証書を片手にアカデミーの洋館から出ると、温かい風が頬を横切り、若葉が繁る木々はそよそよと笑った。
いい天気だ。それなのに、気分は晴れない。
重い足取りで中庭を抜けると、アカデミーの門の前に、公爵家の紋章が大きく刻まれた馬車が停まっていた。
「おかえりなさいませ」
馬車の前に立っていた執事のウィルソンが馬車の扉を開け、シルビアの手を取った。
幼い頃からずっとそばにいてくれたウィルソンもすっかり年老いたものだ。シルビアはウィルソンの深い皺が刻まれた手元を見てそう思った。
シルビアが馬車に乗り込むと、目の前に座ったウィルソンがニコニコと微笑みながらシルビアに話しかけた。
「シルビアお嬢様、ご卒業おめでとうございます」
「ええ」
「三年間も通っていたのに、もうここに来ることはなくなるなんて。寂しくなりますね」
「寂しくなんてないわ。友達は一人もできなかったもの」
そう言いながらもシルビアは相変わらずの無表情だったが、悲しげに眉を下げたウィルソンを見ると、何か間違えたことを言った気分になった。
シルビアが取ってつけたように、「けど、アカデミーは楽しかったわ。色々なことがあったもの」と付け加えると、ウィルソンの顔が少し柔らかくなったように感じた。
「ウィルソン、お父様はなにかおっしゃっていた?」
シルビアはふいにそう尋ねた。
「なにか、と言いますと?公爵様と何かお約束でも……」
「そうじゃないわ。娘の卒業式なんだから、祝辞の言葉くらいあるんじゃないかと思って」
シルビアの言葉にはわずかながら父親への期待が込められており、ウィルソンは言葉を濁しながら答えた。
「……お嬢様のご卒業を、公爵様はとても喜んでいらっしゃいましたよ」
「そう」
シルビアは、ウィルソンが嘘をついていることに気がついていたが、何も言わず窓の外に目を向けた。父親が自分に興味がないのはいつものことだった。きっと今日が卒業式だということも知らないのだろう。
御者の掛け声が聞こえ、シルビアを乗せた馬車が公爵邸へとゆっくりと動き出した。
今日はシルビアの婚約者、イヴァン・ザカルト王太子が卒業祝いに来る日だ。屋敷についたらすぐにこの制服を脱ぎ、鬱陶しいほど華やかなドレスとジュエリーで着飾らなければならない。
シルビアはため息をついて小窓から見える荘厳なアカデミーを名残惜しげに見つめた。
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屋敷に着くとすぐに、メイドたちが急いでシルビアの身支度を始めた。
素肌に近い顔には細かく粉砕したダイヤモンドパウダーが含まれた白粉を叩き込み、口元には鮮やかな赤の紅を乗せ、長く美しい黒髪は椿油を染み込ませた櫛で何度もとかし、艶やかに仕上げた。
ドレスはシルビアの瞳と同じアメジストパープルで、シルビアの引き締まったくびれと豊かな胸元を際立たせるデザインだ。そして、V字に開いた胸元には大ぶりのダイヤモンドのネックレスをつけて、イヴァン王太子の婚約者、麗しきシルビア・シャーノン公爵令嬢が完成した。
シルビアは姿見に映る自分の姿を見てため息をついた。
今日身につけている物はすべて、イヴァン王太子からの贈り物である。
婚約者からの贈り物と言えば聞こえはいいが、すべては王太子の権力と財力を見せつけるためのものに過ぎない。彼はどんな思いで嫌いな女にこんな高価なものを送りつけたのだろうか、とシルビアは鏡から目を逸らした。