お荷物令嬢と幸せな竜の子












「一部屋しか空いてない!? 」


ある程度前の村での経験があるからか、次の村に流れ着くたびに仕事は見つけやすくなった。
今度の宿はご主人なことだし、ウィルの色気も愛想笑いも不要かと思われたが。


「復唱しなくてもそう言っただろ。うちは住み込みの募集してないんだ。おまけに、あと一部屋という繁盛ぶり。あんた達、夫婦じゃないの? 」

「……え、いや、その……」


(違います!! ……って言ってもいい気がするんだけど)


というより、単に部屋数が少ないだけじゃないかというのは顔に出さないようにして、まだ演技を続行するのかとウィルに目で問う。
カウンターに前のめりになっている私の後ろで、彼はにこりと微笑んだ。


「まだ、違うんです。彼女は照れ屋なので、可愛いですけど僕も苦労してるんですよ。……ってことで、ユリ」


続行ですか、そうですか。
でも。


「この機会に諦めて? そろそろ、僕も限界……かな」


(何の為の演技よ……! )


ウィルの台詞を翻訳すると、


『面倒くさいからウダウダ言うな。諦めろ』


――に、違いないけれど。


「(そんな歳に見えないけど)お嬢様との恋も大変だな。まあ、そういうことだから、一部屋でよかったらどうぞ」

「はは。楽しいこともたくさんあるので。ありがとうございます。助かります」


色気たっぷりから、茶目っ気のある好青年へと演技を切り替えて、カウンターにしがみつきそうな私をグイグイと押しやった。


「ほら、いつまでも照れてないの。おいで」

「……………はーい」


(……何だろう、この悔しさ)


たとえ同室で何日過ごそうと、何も起きないことは互いに分かっている。
何となく、その感情のもとを探ってはいけない気がして、言われたとおりウィルの後へと続く。


「はー、やれやれ。災難ですね。早いとこ金貯めて、この村ともおさらばしましょ。……って、これ何の為にやってるんですか、俺たち」

「……文句は一つにしてほしいし、宿が混んでるのは私のせいじゃないと思うんだけど」


部屋に入ったとたん、荷物を放りながら苦情が弾丸のように飛ぶ。


「ついでに言えば、借金も姫さんのせいじゃないですよ。で? どうするんですか。地道に金稼ぎ? 」

「……しばらくは。ここは人が足りてるらしいし、どこか似たような仕事を探すわ。有力な情報……はないかもしれないけど、とにかく、一縷の望みみたいなものでも見つかるまで……っ」


腰が重いと言わんばかりに、ベッドにどすんと腰を下ろしたと思うと、チラリと見上げて私の手を引っ張った。


「幸福の竜……か。ねぇ、姫さん」


突然手を引かれ、数歩たたらを踏む。
何とか踏みとどまったけれど、倒れ込んでいたらどうなっただろう――……そう思うと、なぜか頬が熱くなっていく。


「あんたの幸せは、そんなもの要らないんじゃないですか。いや、そんなものない方がいい。あり得ないような存在に頼むより、もっと楽に手に入るんじゃないですかね。……たとえば、こんなのはどうです? 」


なぜ、どうして。
頬が染まる理由を自問していたはずなのに、いつの間に。


「本当に恋人との逃避行だと思ったら。……ちょっとは幸せになりませんか」


――ウィルの腕に抱かれている理由を、探しているのだろう。








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