お荷物令嬢と幸せな竜の子



「ウィル」

「噂をすれば……だね」


睨んだのは演技の一環だ。
それに気づく由もなく、お客さんはそんなに嫉妬しなくてもと肩を竦めた。


「僕の噂ですか。何だろうな。ユリに甘すぎるとか……それとも、嫉妬深い……ですかね」


(その演技力、一体どこで磨き上げたの……)


男性を見る時は鋭く、ふと逸れた黒目が私を捉えた瞬間に甘く熱を孕む。
本当にそれが生きる為だったのなら、それも失礼だと思いつつも胸が痛くて言葉にならない。


「……そ、それで。どこ行ってたの? 」

「仕事だよ。まさか、ユリ一人に任せきりにはできないから。それにしても、残念だったね。ユリの大好きなドラゴン、全然見れなくて。……あ、ありがとう」


ウィルの手元までグラスが届かず、中のお酒がやや荒く波打った。


「なんだ、それでこの村に来たんだ」

「ええ。近くまで来たので、何か関連商品でもあればと寄ったのですが。さすがに本物を見れるなんて期待はしてなかったけど、正直ここまで何もないとは思わなかったです」


艶めいて笑って、指先を撫でられる。
まるで、グラスを置く手が震えたのはウィルのせいみたいに。


「あー、それで売ってたのは、かなり昔のことだって聞いてるよ。ユリさんみたいな物好きがいてくれたらいいけど、あんまり上手くいかなかったみたい。そりゃ、そうだよ。今時、ドラゴングッズで儲けようなんてね。いるかいないか分かんないものより、子どもだってもっと可愛いぬいぐるみとかの方が喜ぶだろ」

「そうでしょうか。ドラゴンって格好いいし、可愛いと思うんですけど」

「ユリさん、見たことないでしょ。そんなこと言う人、久々に見たなぁ」


からからと笑って、却下されたけれど。
地元の人が言うなら、そんなものなのかも。


「ともかく、あんまり長居することもないかも。目当てのものがなくて、僕が嫉妬して終わるだけなら」

「……必要ないって分かってるくせに」


確かに、ドラゴンの情報が皆無なら長居は無用。
少しでもお金を貯めたら、次はどこに向かうのやら。
あ、そろそろ家に僅かでも送金できたらいいけど――……。


「恋人が口説いてるのを、思いっきりスルーしないですくれる? 相変わらずなんだから、ユリは」

「聞いてるわよ」

ウィルの名演技を、お店の片付けをしながら。
これじゃ恋人役というより、エキストラだけど。


「ユリが僕を想ってくれてることは、疑ってないけど。だからって、他の男といるのを見て気分いいわけがないから。……早めに帰ってきてくれるの、待ってる」


カウンターの席から平気で伸びてきた指先が、私の髪を絡め取り、唇の方へと限りなく近づく。


「〜〜っ、仕事の時間は変わらないから……! 」


(……つまり、バイトはそれくらいにして、早めに切り上げてこいってこと。何か用でもできたんだろうけど)


唇はギリギリのところで触れなかった……と思う。
きっと、周りにはキスだと誤解させるには十分な距離。
過剰な演技だ。それとも。


(……ウィルにとっては、そんなに何でもないことなのかしら)


その方が楽だと、思ってしまえるくらいに。








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