お荷物令嬢と幸せな竜の子
「あ、姫さん。おかえりなさい」
部屋に戻れば、いつものウィルがベッドでだらーんと出迎えてくれた。
「で、何なのよ、もう……」
早く帰ってきて、なんて。
他人が聞けば、恋人の可愛い我儘かもしれないけれど。
そんなのあり得ないと分かっている本人は、内容が気になって仕方なかった。
「まあ、座って。お茶は勝手に淹れてください」
「…………」
まったく。
恋人のふりなんて、必要あるんだろうか。
竜探しのところだけ伏せれば、問題ないと思うのに。
「いいから、さっさと……」
「……変ですよ、この村」
なんだ、大したことない用事だったのかと、本当に自分の分だけカップを準備していた時。
「……どういうこと? 」
いきなり声をぐっと低くするから、私もつられて小声になる。
「姫さんが客の男とお喋りしてる間、俺も探りを入れてたんですよ。そしたら、みんな口を揃えて竜を売りにしてたのは昔のことだ、今はドラゴングッズなんて流行らないって」
「そう言ってたわね。それで、変なことって? 」
(なんだ、ウィルもお仕事してくれてたんだ)
おまけに、しっかり竜探しまで。
それならまあ、一緒にお茶でも――……。
「はー、もう。あんた、とことん人がいいのか、とことん阿保なのか、どっちなんですか。あ、どっちもなんですか? 」
「だから、何なのよ一体! 」
力任せにテーブルに置いたカップを優雅に持って、あんまり美味しくなさそうに一口飲んでからウィルは続けた。
「だ・か・ら。どう考えても、変でしょうが。ドラゴンのこととなると、村人がみんな一言一句同じことを言う。まるで、余所者にそれを聞かれたらこう答えるって示し合わせてるみたいにね」
「え……っ、とと……っ」
そこまで言われてやっと、ウィルの言わんとするところが分かった。
急に食いついてしまって、持っていた自分のカップの中身が揺れ、慌てて身を引いた。
「一人くらい、ドラゴンが好きとか可愛いとか、姫さんみたいな感想を聞けるかと思って、いろいろ聞いてみたんですけどね。もちろん、性別や年齢、性格なんかで口調なんかは違いますが。ありゃ、変だ。老若男女、ほぼ同じ台詞なんですから」
ウィルに頭からお茶をぶちまけなくてよかったとほっとしていると、「何やってんですか」と呆れたように笑って、自分の隣をぽんぽんする。
「そ、それってつまり、本当は昔の話なんかじゃなくて、今もドラゴンがいるってこと? 」
「さあ、そこまでは何とも。でも、何かあるか、少なくとも昔何かあったことだけは確かですね。そもそも、昔の話だ、伝説やお伽噺に近いんだって言うんなら、姫さんみたいなふわっふわの、ぼけぼけしたイメージになるはずなんですよ。それか、伝承として残ってるんなら、逆に詳しく語りたがるはずですからね」
椅子なんてない部屋で、今更ベッドで隣に座るのを一瞬躊躇ったのをウィルは見逃さず。
困ったような、必要もないのに自嘲するように笑った後、どこかへ視線を逸らして私の手首を引いた。
「……よく分かったわね」
私もバイト先でいろんな人と話したはずだけど、そんなのちっとも気がつかなかった。
これじゃ、ただ生活費を稼ぐ為の勤め先で世間話をしていただけだ。
「ま、あんたのチャームの魔法の効果もあるからもしれませんから」
「な、何よそれ。私はただ、ウィルの言ったみたいにふわふわした会話をしてただけ……」
「だから、それですよって」
それなのに、ウィルに噛みつくのはおかしな話だけど。
何となく言い方に棘を感じて、文句を言ってしまう。
「あの男が言ってたじゃないですか」
『ユリさん、見たことないでしょ』
「……んなもんで。あ、てめえはあんのかよって思っただけですよ、俺は」
「……あ……」
それで、来たばかりで出ていったんだ。
髪に口づけた小芝居も、それを誤魔化す為。
「姫さんのおかげで、ポロッと言ってくれたのかもしれませんけど。それはそれとして」
せっかく、そう納得しかけたのに。
「……あんまり、他の男にふわふわすんなよ」
ウィルはそう言って、また私の髪を絡め取った。