お荷物令嬢と幸せな竜の子
「……何者? あなたも、あのお嬢様も」
可愛く高めだった声までぐっと低くなり、怪しさとオトナの色気が突然倍増して、なぜか私の胸がドクンと音を立てた。
「俺は大したもんじゃない。あの人は……あの人も、見てのとおり、ただのお嬢様だよ」
反して、ウィルの笑顔は妖艶を通り越して爽やかですらあって。
(……どうして……)
こんなに胸が痛いんだろう。
二人の話の内容が分からないから?
色っぽくて、立っているだけで様になって。
何だかとてもお似合いで、どう見ても恋人同士にしか見えないから?
だから――……。
「あの人は、どうしても本物の竜に会いたいらしい。そんなものに会ったって、何もいいことないかもしれないのに。……けど、あの人はにはあの人なりの理由がある。俺は、諦めて側にいることにしただけだ」
だから、ウィルのそんな表情を見るのが辛いの?
それとも、自分に向けられていないのが悲しいの?
そんなの、何の理由にもならない。
(……ううん、そうじゃない)
「つまり、本当は夫婦どころか恋人でもないってこと
だけは確か。そんな怪しい二人組に、みんなを裏切ってまで教えると思う? 」
「だから、あんた余所者だろ。それほどの義理はないと見た。それに、結構平気で裏切れるタイプ。当たってると思うよ。……証拠、あるからさ。それ、みんなに見てもらって確かめようか」
だったら、どうしてそれを見て辛く悲しくなるのかって簡単すぎる問題に、答えようともしないことの。
「余所者の私を脅したって、竜が会ってくれるかも分からないのに? 」
「会ってくれるさ。あの姫さんになら」
声が聞こえないのがもどかしい。
聞いてどうにかなるものでもないのに、胸の奥を掻きむしりたいくらい、嫌な熱さが身体の中に広がっていく。
「大したお姫様ね。どんな事情だか知らないけど、男一人と一匹、手玉に取るなんて。……要は、ベタ惚れじゃない」
ううん、本当は私の耳が拒否しているだけかもしれない。
妖艶な笑みも、拗ねたような可愛らしい仕草も、声まで聞こえてしまえば耐えられないと。
「だな。あの人は自分のすごさを分かってないし、俺が勝手に一緒にいるって決めただけで、本人はそんなの思いもよらないんだろうが」
「何言ってんの? お姫様はともかく、あなたは両想いだって知ってるくせに」
(……あ……)
笑った。
ウィルには珍しい、本当に楽しそうな顔。
完全に面白がってるのに、ちっとも面白くなさそうな笑顔じゃなくて。
悪戯っぽく妖しい微笑でもなくて、その長めの前髪に隠れて見えない片目すら、絶対に細くなっていると確信できるような。
きっと、その前髪の下も――もしかしたらもっと優しく笑ってるんじゃないかって。
それは恐らく、私も知らないウィルの部分、まだ見せてもらえない部分に彼女が先に触れたんだと思うと、もうただ突っ立っているだけじゃいられなくなった。
「両想い、ね。今この瞬間は、そうなんだろうねぇ。……でも、最後には姫さんの方から離れてく。もしもあの人がそれを嫌がってくれるなら、余計に離れるべきなんだ。それが分かっててなお奪う度胸は、今んとこないってことなんだろうな」
「長々語ってるとこ悪いけど、そんなの一言で片付けなさいよ。身分違いだろうとあのお姫様が好きで、大事なんだって」
「きっつ。生憎、お姫様と使用人ってだけなら、お似合いで済んだ。こんなふざけた竜探しなんざ、とっとと諦めさせて、多少強引にでも口説き落としてるさ」
ああ、まだ遠い。
体格のいい男性がなぜか多いから、どんなに急いでもウィルに駆け寄ることすらままならない。
「ほんとかなー。見かけによらず、押しが弱そうだけど」
「余計な世話だ。……っと、無駄話はこれくらいにしときますかねぇ」
それでもどうにか押し退けて進み、ウィルの側まで辿り着いた時には髪もぐしゃぐしゃの有り様だった。
既に隣にいた彼女とは何もかも違って、馬鹿にされるかと思ったのに。
「あーあ。待てなかったんですか。……俺の姫さん」
ウィルは色気たっぷりに囁くと、ぐっと私の腰を抱き寄せた。