お荷物令嬢と幸せな竜の子
「は……? 」
「いや、こっちもいきなり貸し出されちゃ困るんですけどね。ましてや、こんな姫さん。俺の手には余りますよ」
男はそう言ったけれど、ちっとも動じていないようだ。
少なくとも、私の方が狼狽している。
「そう言わずに頼むよ。可哀想だろ? 借金背負って追い出された挙げ句、獣に襲われて死ぬとか」
「……あんたのなかでは、私はどうあっても行き倒れる設定なのね」
「そうなるのが目に見えてるじゃないですか。苦労知らずのお嬢様が、一人でどうやって生きていくおつもりで? 隣村の宿までだって、辿り着けるか怪しいものでしょう」
確かに、苦労はするに決まってる。
絶対に痛い目に遭って落ち込むし、最初は何もかも上手くいかないだろう。
「おあいにくさま。苦労を免れるつもりはないけど、私、結構しぶといわよ。いつか全額返して……絶対戻ってくるんだから」
「そうこなくちゃ。さすが、僕の見込んだ義姉上です。ぜひ、借金100億全額返済してください。……とは言ってもね。義姉さんがこさえた借金でもないのに、そこまではさせられません。言ったでしょう? 僕、鬼じゃないんですよ」
「え……!? 」
てっきり、全額押しつけて追い出されると思ってたし、それも仕方ないかと思ってたのに。
まさか、ミゲルは本当に鬼じゃなく天使だったのか。
「もちろん、借金全額返済してくれたら、言うことはありません。でも、それではあんまり可哀想なので」
――知ってます? 幸福の竜の話。
「伝説の竜と一緒なら、また屋敷の門を潜ってもいいですよ。ね、僕ったら優しいでしょう? 帰ってくる条件を二つも差し上げるなんて。我ながら、お人好しで困る。可愛いディアーナと過ごして、彼女の天使なところが移ってしまいました」
「……幸福の竜なんて、伝説っていうよりお伽噺じゃない……!! 」
前言撤回。
気に入られると、その家に繁栄をもたらすとか何とか。
都市伝説にもならない、「むかしむかし、あるところに」に近いレベルだ。
「いえいえ。だって、竜は実在してるじゃないですか。ただ、昔に比べてなかなか人間の前には姿を現さないだけ」
「いつの昔よ! そんなの、借金返すまで一生帰ってくるなというのと同じだわ」
確かに、竜は実在している。
実際に会ったことがあるという人間だって、いないわけじゃない。
その話がすべて本当だったとして、そのなかでも「幸福の竜」は特別レアだ。
「まあ、そうですね。人間の男ですら落とせない義姉さんに、竜の子を籠絡しろという方が無理な話です。なので、こうしましょう。竜と会えた証に、鱗の一片でも貰って来たら義姉さんの勝ち、ということで」
「……借金してるうえに、まだ賭けようっていうの」
不謹慎だ。
そもそも、ミゲルは本当に金策を練る気があるんだろうか。
幸福の竜なんて伝説を持ち出して、体よく私を――……。
(……納得)
「こんな状況、悲観するよりは楽しまないと損ですからね。それで、どうします? 」
「……上等よ。その間も、きっちり返済してあげるから。せいぜい、ディアーナには苦労させないでよね」
「言われるまでもない。あの繊細なディアーナには、義姉さんみたいにふてぶてしく生きることはできませんからね。義姉さんこそ、竜の村の土産物なんかで済まそうとはなさいませんように」
そんなセコいことするもんか。
鱗どころか竜の子本人を屋敷に連れ帰って、ミゲルの鼻を明かしてやる。
「……俺の意思は無視ですかね。あー、はいはい。ま、雇われですから、お供しますよ。とはいえ、知ってのとおり、善人じゃないんでね。あんまり気に食わなきゃ、お荷物なんざ置いてとっとと消えますが」
「だ、そうですよ。竜の子の前に、男心を学ぶ機会ができてよかったですね」
話は済んだとばかりに、天使樣と名高い微笑みを浮かべミゲルは居間を後にした。
いきなり、知らない男と二人旅。
しかも、目的は出稼ぎと伝説の竜探し。
おまけに、竜をたぶらかせときた。
(やってやろうじゃない……!! )
――というか、やるしか、ない。