お荷物令嬢と幸せな竜の子







(とても、女性を脅してるようには見えなかったんですけど)


昔、竜騎士の子孫が建てた村。
それも物語と呼べるくらい、今や面影もなく。
ドラゴングッズすら売っていないのんびりした村の実態は、公にはできない仕事で生計を立てる者が集う、言うならば村そのものが犯罪組織だった。


「まあ、殺しはしない主義だそうで、悪い連中からせしめてるのが主な仕事らしいですけど。あの地下室で、依頼やら受付やらしてるってのを突き止めたんで。あの女は結構ギリギリの線でやってるぽかったから、後は楽でしたよ」


宿に帰って、ウィルの説明を聞いてもそんな感想になる私は重症で、恐らく元には戻れない。


「これ聞いても、まーだ拗ねてんですか? あんたが怒る要素、これっぽっちもないってのに」


今は、拗ねてるんじゃない。
返事ができないだけ。


「事前に言ってなくて、悪かったですよ。できれば、あんなとこに、あんたを連れてきたくなかったんで」


だって、ウィルは分ってる。
さっきのあれが本当に嫉妬で、どうしてあんなことで妬いたのかも。それを、私が自覚したことも。
分かったうえで、普通に接してくるのだ。
つまり、望みなんか一縷すらなかった。


(……でも、それならどうして)


抱きしめたり、押し倒されてみたり。
手を繋いだり、髪に触れたりするんだろうか。
二人きりで、演技なんか必要もない空間で。


『他の男に、ふわふわすんなよ』


ああやって、何もかもを特別にしてしまうんだろう。


「機嫌直してくれませんかね。……本当の本当にもしかしたら、竜に会えるかもしれませんよ」


ウィルは下手くそだ。
たとえ、女性の扱いも老若男女、どんな人間だって思いのまま操れたとしても。
少なくとも、私の心は軽くなるどころか余計に悲鳴を上げていた。
だって、万が一にも竜に会えて、その鱗を手に入れたとしたら。
私たちが一緒にいる理由も目的も、すべて消え去ってしまう――……。


「……おやすみなさい」


怒っているふりを続けるしか、術はなかった。
今にも泣き叫びなくなるのを、必死で堪える為には。




・・・




翌日。
職場に現れたウィルを徹底的に無視していたら、いつものお客さんが現れた。


「ケンカ中? 」

「いえ、別に。いつものことですよ」


この会話にも覚えがあったけれど、あの時とは気分が全然違う。


「なーんだ。てっきり、あれから盛り上がったんだと思ったのに。本気で押しが弱いんだね、ウィルさん」


(昨日の……? )


「……余計な世話だって言いませんでしたっけ」


昨夜とは少し雰囲気が異なるものの、明るいところで見るとやっぱり美人だ。
それはそうとして、どうしてこの男性と彼女が同時に現れるんだろう。


「押すくらいなら、放置したりしませんよ。ウィルのあれは……」


全て知っているらしい彼女につられて、ついぽろっと言ってしまいそうになるのをどうにか耐えた。


「放置? どこが? あなたの彼氏、ずーっとじーっと睨みを利かせてたよ。文字どおりにね。だってユリさん、誰にも声掛けられなかったでしょう」

「……え」


危なくないように、何かに巻き込まれないように見張っててくれた。
それなら、彼女に向けられていたと思っていたあの甘い視線や、晴れやかな笑顔は――……。


「あはは。愛されてる心当たりあったみたい。よかったね、ウィルさん」

「……だから、余計だっつって……」

「いいのかなー、そんなこと言って。行くんでしょう、例のとこ。私たちがいないと、中に入れないんだよ」


(……それじゃあ、今度こそ本当に……)


「お目当ての彼に会えるかは保障できないし、会えたとして怒らせでもしたら、それこそ何の保障もできないけど。……覚悟はいい? 」


村ぐるみでひた隠しにしていた竜。
意に反して、そのベールを剥がしてしまう覚悟。


「……ええ」


(目的を誤魔化さないで。こんなことで悩んでる場合じゃないでしょう、ユリアーナ)


そう、しっかり前を見据えて頷いたはずなのに。
まだ、私の目はウィルを捉えようとするの。








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