お荷物令嬢と幸せな竜の子
この常連客の男性、なんと裏稼業の中心人物だったそうで。
もちろん私にチャームの魔法なんて使えるはずもなく、彼女のおかげで竜に紹介(?)してくれることになったのだが。
「なーんか、ちょろすぎませんかね? んな簡単に、部外者に教えるなんて。責任者がハニートラップでペラペラ喋るって大丈夫なんで? 」
仕組んでおいて、かつ目論見どおりに動いてくれている人によくそんな失礼なことが言えたものだと呆れるけれど、言いたいことは分かる。
「ウィルさん、甘い恋人の演技はやめたんだ? どうでもいい奴に素顔がバレたって、彼女の前であることには変わりないのに」
「……俺と姫さんの関係は変わってない」
「みたいだね。ウィルさんはそれでいいの? 」
(……それが、いいんだろうな)
今のまま、お荷物のお姫様とお守りの関係。
急激に近づいたと思ったのは、所詮目的達成の為の作戦の一部。後は、退屈な旅の途中でのお遊び。
『俺が、あんたを一人で帰したくない』
そう思わせてくれたら、どんなに楽だっただろう。
ウィルの優しさを知らないでいられたら、どんなに――……。
「お分かりいただけると思ったんですけどねぇ。だって、あんたらも大事なものを隠してきたんでしょ」
――どんなによかっただろうと、それすら思わせてくれない。
「それくらいにしときなさいよ。男のあーだこーだ、聞かせないでくれない。面倒くさい。ユリさん、大丈夫? 歩ける? 」
「大丈夫です。慣れたので」
山歩きも、以前よりはましになった。
疲れたし痛むけれど、もうお姫様とは思えないくらいの足取りだ。
(短いようで、あれから結構経ったのね)
屋敷を追い出されて、ウィルと旅立った日。
最初から口喧嘩ばかりだったけれど、もうあんなふうな軽いやり取りはできないかもしれない。
(……苦しい)
疲労感がなければ、もっとウィルと過ごした日々が頭の中を駆け巡ったんだろうな。
やることがあるから、立ち止まらないでいられる。
立ち止まらないでいられるから、蹲らないで済む。
(……うん)
――私のやることは、最初から決まっていた。