お荷物令嬢と幸せな竜の子
竜の祠は、イメージどおり山の奥も奥にあった。
「昔はもっと高いところだったそうだよ。とは言っても、竜はいても最早竜騎士なんてものがいないしね。どうにか折り合いがついたのがここらしい」
普通の人間には、それでも骨が折れる距離と悪路だ。
何とか歩ける範囲で、竜が納得してくれてよかった。
(……ん? ってことは……)
「つまり、現代においても密接に関わりがあるってことか。しかも、わりと頻繁に会ってんじゃねーか」
『ユリさん、見たことないでしょ』
(……あ……)
あれって、本当にウィルの言ったとおりだったんだ。
「そういうこと。ま、お目当ての幸福の竜かどうかは知らないけどね」
「皆さんでもご存じないんですか? 」
「幸福の竜っていうのは、ドラゴンのなかでも人間に狙われることが多かったからね。姿を見たら、会って話せたら……そんな噂が、いつかその鱗だけでもご利益があるってことになって。俺たちにとっては知りもしない遠い祖先がしたことだけど、彼らはまだその頃のことを覚えてるんだよ」
村人ですら、全面の信頼は得ていない。
そんな竜が、余所者の勝手なお願いなんて聞いてくれるのだろうか。
「でも、恩恵は得てるんだろ」
「まあね。だから、どちらかというとビジネスパートナーって感覚に似ているのかも」
それでも、やらなければ。
一生懸命お願いをして、彼らのように何かを手伝う代わりに鱗の欠片でも貰えたら。
そうしたら、もう迷ってなんかいられない。
ウィルを――……。
「……っ、ユリ」
「え……っ……? 」
力の入っていない身体を急に抱き寄せられ、よろめきながらウィルの胸に倒れ込んだ。
「な、何よ、いきなり……」
「だから、他の前でそんなふわふわするなって……」
「……してないし、しないわよ。ウィルの前でだって」
睨みながら、必死に彼を押し返そうとしているのに。
ウィルはふらりともしてくれなくて、本当にふわふわしてるのは私だけだと言われているみたいで泣きたくなる。
「……いいから、側にいてください。よく知らない男の近くにいられちゃ、俺が動きにくいんですよ」
(……ウィルを、解放する。私ができるのは、それだけ)
いっそ、鱗を貰えたふりだけでもいい。
彼が私の側にいなくても済む、決定的なものが一瞬だけでも手に入れば。
それからウィルを見送って、私もここを去って。
ウィルの知らないどこかで、これまでどおり働きながらお金を返していけたらそれでいいのだ。
「邪魔なのは男だけ? 女にだって悪いやつはいるって、ウィルさんだって知ってるはずなのにね」
「元締めにしては阿呆すぎると思ってたが、どうりで。……あんた、ユリに何をさせようとしてる? 」
なおも腕の中でジタバタする私に軽く舌打ちして、男性の話には繋がらない返事をする。
「元締めだなんて物騒な。俺はそんな大役じゃないよ。でもまあ、確かに。ギブアンドテイクなのは、竜だって同じさ。まさか、タダで鱗を戴こうなんて思ってないでしょ? 」
「……私一人でできることなら、何でも」
確かに、何の利点もないのにホイホイ他人を案内してくれるはずはない。
もしかしなくても、私の方が何かに利用されようとしているのかもしれない。
「……姫さん」
今度は名前を呼ばれなかった。
それこそが、私の想いに対するウィルの返事のような気がして、胸が貫かれたように痛んだ。
「あんたがどう思おうと、俺にとっては姫さんのままだ。一人で勝手な真似なんかさせませんから、そのつもりで」
「……私は、あなたの前でお姫様になるつもりは最初からなかったわ」
大嘘だ。
本当はきっと、最初からただの女になりたかった。