お荷物令嬢と幸せな竜の子
「……ド、ドラゴン……」
硬そうな岩の上、ちょこんと正座――いや、鎮座しているのは、紛れもなくドラゴンだ。
ただ。
「いらっしゃい、人間のお姉さん! とは言っても、ボクの方が年上だけどね。で、お願いごとってなあに? 」
「……いや、いっそ、ドラゴングッズ作れよ。売れるだろ、これ」
ウィルが悪態を吐いたが、そう言いたくなるのも分かる。
(……どうしよう、可愛すぎる……)
姿形は、想像どおりのドラゴンだ。
青、黒……視点を変えればまた違った輝きを放ちそうな美しい色も、触れればちょっとゴツゴツしていそうな皮膚も。
ここからでは見にくいけれど、彼の背中にはちゃんと翼もある。
「失礼なことを言うな。困りごとがあるならと、時間を割いてくださったんだよ」
「そ、そうよ。せっかく、会ってくださったんだもの」
何年生きているか分からないとはいえ、竜のなかでは子どもだということには変わりはない。
幼いからこそ、急にへそを曲げることだってあるかもしれないし。
「あの……そ、その、ですね。突然現れて無礼は承知の上なんですが……事情があって、鱗をいただきたいんです」
考えてみたら、意味不明な話だ。
人間の借金返済の為に、ううん、ふざけた賭けの為に鱗が欲しいなんて。
竜にしてみれば、そんなの知ったことじゃないを通り越してただただ無礼極まりない話――……。
「そっかぁぁ……。うーん……うん。いいよ! 」
――で……??
「……へ? 」
「いいよ、鱗の一枚くらい。減るもんじゃないし……や、減るけど、どうせすぐまた生えるし」
「え、で、でも……こんな、しょうもないことで」
ふわりと岩の上から飛び降りる気配がして、慌てて掌を広げると、少し驚いたように目をクリッとさせた竜が私の手の上にピタリと着地した。
「だって、お姉さん困ってるんでしょう? 鱗、あげるよ。何か、ナイフとか持ってる? 」
「っ……そ、それは……」
ウィルから借りた短剣は、まだ懐にある。
頼む時には考えないようにしていたくせに、いざ了承されると狼狽してしまう。
「ほら、どうぞ。一思いに! 」
「そ、そう言われても……」
予防接種みたいにぎゅっと目を瞑る子どもドラゴンの鱗を短剣で剥ぐなんて真似、できるわけがない。
「ったく、何やってんすか。できないなら、俺がやります。あんたは、後ろ向いてていいですから」
深い溜息とともに私を押し退けて、ウィルが迷いもなく剣を鞘から抜いた。
「ちょ、ちょっと待って……! あなたにそんなこと……」
「でも、あんたできないでしょ。切れたとしたって、どうせうっすら傷つけるくらいのもんだ。それなら、一気にさっさと一枚剝いだ方がこいつも楽です。ほら、それ貸して。邪魔ですから、むこう行っててください」
「……だ、ダメだったら……!! 」
目を開けてパチパチしてるドラゴンを、ウィルから隠すように胸に抱く。
ウィルだって、そんなことしたいわけじゃない。
それでも、彼はできてしまうのだ。
きっと、私の為に。
「……ユリアーナ」
名前を呼ばれて、肩が震えたのは誤魔化せない。
「あんた、何の為に屋敷を出たんだ。この為だろ。こいつが幸福の竜かどうかなんて、この際どうでもいい。どうせ、それを鑑定できる奴なんざいないんだ。第一、この機会を逃したら、次がある確率なんて絶対にゼロだ」
私相手にそんな口調を使ったのも、わざと。
でも、私もウィルを睨むのはやめない。
「分ってる。だから、ここで終わりにしましょう。私は、次は探さない。ミゲルには申し訳ないけど、ちょっとずつでもお金を返していくわ」
「……っ、何言ってるんですか。それだって、あんたの借金じゃないんですよ。竜探しを諦めるのは大変結構。最初からそうしてほしかったですけどね。稼ぐんなら、自分の為に稼げ。何の為に俺が……」
「だから、あなたともここでお別れ」
――さよなら、ウィル。