お荷物令嬢と幸せな竜の子
ステフの指が顎を捕えていた。
そう気づいたのは指先が離れてからで、正確にはウィルがその手を払ってからだ。
「おや。お前は、恋人ではないのだろう? 私と彼女が結ばれるのに、何か問題でも? 」
「……いくら姫さんが騙されやすいからって、初体験が竜なんて、さすがに見過ごせないんでね」
「……はっ、つ………!! 」
「違うんですか」「じゃないなら、黙ってろ」とウィルの瞳に言われ、口をパクパクするしかできない。
「大体、あんたが幸福の竜かどうかすら分からないだろ。言ったとおり、証明のしようがない。つまり、信じるに足りない」
「だが、こうも言ったではないか。この際、真偽はどうでもいいと。証明しようがないのだから、とりあえず彼女の側に竜がいれば、それで勝ちだ。初体験は……まあ、彼女の気持ちが決まれば、ありがとうと言う他にないが。私は寿命が長いのでな。そんなことを急くような男ではないから、安心してくれ」
「……さすがの姫さんも、あんたの寿命についてけるわけな」
「ひっ……人の初体……よ、余計なことを勝手に語らないで……!! 」
どういう言い争いだ。
と言うより。
「冗談だ。そのとおり、私の寿命に人間はついていけない。後々苦しむと分かっていると、本気で愛する前に気持ちが止まってしまうから」
「……あ……」
きっと、前例があるんだ。
竜と人間の悲恋。
「ユリアーナと言ったな。そなたは優しい。だが、そんな顔をすることはない。竜と人間の歴史には、いいこともあるからな。それより、せっかく寿命が合うものを好きになったのなら、伝えてしまった方が得だぞ」
ポンと肩を叩いたと思うと、あれよという間にぎゅっと抱きしめられた。
「……冗談で触るな」
耳元での助言に目を落としていると、ウィルに引き剥がされる。
「お前は、本気すぎて触れないか? まあ、人間の恋路に口を出すのはこれくらいにして。よければ、見せたいものがある。条件については、それから判断してもらって構わない」
「……ユリ」
挑発を流し、ウィルはちょうどステフが触れたところを上書きするように撫で、包む。
「やめておいてくれませんか。ああ言うってことは、つまり、見てしまえばお人好しのあんたは戻れなくなるってことです。良心から、引き受けざるを得なくなる。そう分かってて出してくる条件なんて、そもそも交渉にもなってないんですよ」
「……でも」
借金のことは別にして、困っているなら助けてもいいんじゃないだろうか。
ステフだって、とても悪い竜には見えない。
ここまでするのだから、きっと何か大変な事情があるのだろう。
「優しさを利用されて、あんたが不幸にならないでください」
――お守りというなら俺は、あんたを不幸にさせない為に着いて来たんですから。