お荷物令嬢と幸せな竜の子
「……ウィル」
分ってる。
ウィルが側にいてくれるのは、報酬の為なんかじゃない。
「その言葉、あなたに返すわ。お人好しすぎて、私に付き合って……あなたの幸せをふいにしないで」
ウィルと過ごした日々は、私のお嬢様生活に比べたらずっと短いけれど。
家や家族のおかげでぬくぬくと暮らしてきたくせに、こう言うのは失礼かもしれないけれど。
――それでも、人生のなかで一番楽しかった。
「……っ、ユリ」
「……見せてください、ステフ。お役に立てるかは分からないけど、頼んだのが私である理由を知りたいから」
でも、先に進まなくちゃ。
屋敷に帰ることが難しいとはっきりした今、できることがあるのならやってみたい。
悪事に利用されるのをウィルは心配してくれているけれど、ステフがそんなことをするとはどうしても思えなかった。
「……ありがとう。お前たちを信用しているからこそ、頼みたいと思ったのだ。それは嘘ではない」
美しい笑顔。
瞳も自然と細くなったのに、最後、濡れたように輝いた気がして。
ステフに声を掛けたかったけれど、直後彼は私たちに背を向けてしまった。
慌てて後に続くと、ウィルの唸る声が聞こえる。
舌打ちすらできないみたいな、苦しそうな音。
怒っていて怖いというより、あまりに切なげで。
とても、振り向くことなんかできなかった。
・・・
洞窟の奥へと進むと、次第に足場が整えられていることに気づく。
足場だけじゃない。
ゴツゴツとした岩がどんどん滑らかになっていくし、灯りの数も増えていく。
「……姫さん」
ウィルが息を飲んだ音に消されたのだろう、私には聞こえなかったけれど。
「……他に、誰かいます。というより、ここは……」
「殺気立つな。私たちに敵意はない。大方、それも察しているのではないか。……いいか」
誰か、いる。
もっと正しく言うならば、誰か、大勢がここに「住んでいる」。
「相手が、見た目どおりとは限らない。それも事実だ。そこの若いのは、これまでに幾度となく裏切られてきたのだろうな。だが、これから目にするものは、見えたとおりのものだ」
それはきっと正解で、ウィルに厳しすぎる。
裏切られたということは、その数だけウィルが信じたということだ。
そのどこに、非があるというのだろう。
「信じろとは言わない。……ただ、事実として存在する。それだけだ」
そう、ステフが話し終えるか否か。
「ステフさまだ……! 」
「おかえりなさい! 」
駆けてきたのは、数人の子どもたち。
ほっと吐いた息をすぐさま飲み込んでしまいそうになって、ぐっと唇を噛んだ。
あまりに失礼だし、ステフの言うように彼らに敵意などないことは明らかだ。
それなのに、私は一瞬怯えてしまったから。
――彼らの肌が、ところどころ皮膚ではなく鱗のように見えるだけで。