お荷物令嬢と幸せな竜の子






ウィルは、何も言わなかった。
ステフに「友達だ」と紹介されても、しばらくの間私が「一緒に遊ぼ」と誘われても。


「……で? 」


「大切なお話があるから」とステフが子どもたちを渋々納得させ、元の場所に移動してやっと彼は口を開いた。


「ユリに何をさせたいんだ。世話係か? そんなの、村の奴らで十分だろ」

「……そうじゃない。確かに麓の者たちも良くしてくれてはいるが、彼らにとって竜はまだ一応は神聖なもの。自分たちと同じものとは扱ってくれない。あの子たちに必要なのは……」

「必要なもの? そんなの、分かりきってる。光だ。人間なら、日光が必要なんだよ。こんなところに住んでたら治るものも治らないし、体力も落ちる。単純な話だ」


こんなに怒るウィルを見るのは初めてだった。
あの人攫いにだって、ここまで怒りを爆発させてはいなかった。


(……ううん)


これでもまだ、ふつふつと湧き上がるものを必死で堪えているというように。


「それはそうだが。では、今すぐ山を下りろと? 下りて人目につけば、どうなると思う」

「…………」

「流行り病だなどと、心ないことを言う者もいるのだろうな」


答えられない。
それを、ステフは許さなかった。


「住み込みの医者や、教師になってくれとは言わない。そんなことをすれば、お前たちが体を壊すからな。だから時々ここに来て、土産話のひとつでもしてくれたらそれでいい。それも難しければ、ここを出ていく時にひとつだけ頼まれてほしい」


まるで、断られることなど想定していた――ううん、断られることしか考えられなかったみたいな、ステフの微笑が悲しい。


「とある男の家族に、もしも会うことがあったら伝えてほしいのだ。……彼が亡くなったことを。いや、違うな。私が殺してしまったから……ご遺族にできる限りのことはしたいのだ。罪滅ぼしにもならないことは承知しているが、それこそ鱗とは言わずあげられるものはあげたい」


殺してしまった。
その言葉どおりではけしてないのに、ステフ自身がそう思っているのが伝わってきて何も言えない。


「……行きましょう、姫さん。あんたは、これ以上ここにいない方がいい。俺に思うことがあるなら、ここを出てからいくらでも聞きます。だから……」

「……その方の名前は」

「……ユリ……!! 」


叫ぶように呼ばれて、肩が跳ねた。
でも、知ってる。
ウィルは、私なんかよりもずっと優しい人だ。


『人間なら、日光が必要なんだよ』


あの場で少しの間すら置かず、そう言える人がどれだけいるだろう。
今はただ、私の身を案じてくれているだけ。


「ジェラルド・ラグアノ。私の友で、最期まであの子たちの世話をしてくれていた」


ステフの薄い唇から紡がれた名前は、まるで(・・・)知らない言語のようにすら聞こえた。


「……ユリアーナ? 」

「……っ、ユリ……! 」


それでも、しっかりと私の脳へと伝わっていたらしい。
カクンと膝が折れ、ステフを押し退けて側に来てくれたウィルの腕へと倒れ込んだ。

それも当たり前だ。

――それは、父の名前だったのだから。




・・・




……いや、やはり気を失っていたようだ。
目を覚ました時にはウィルに抱き抱えられていて、とても目を開けられずにいたのを、そっと降ろされる。
感触からしてベッドのようだけれど、何となく気がついたのを言い出すタイミングを逃してしまった。


「まさか、彼の娘だったとは。聞いてはいたが、口ぶりからもっと小さいと思っていた。……愛しかったのだろうな」

「……なんで、死んだ」


人間用のベッドに少しほっとして――もしかしたら、お父様が使っていたのかもしれないなと思うと、我慢する間もなく涙が零れ落ちていた。


「お前が正しい。日光が必要だったんだ。恐らく、あの子たちよりもずっと。……気づくのが遅すぎた」

「つまり、竜に殺されたんだな」

「……そうだ」


拭う指先の優しさと、ステフに問い質す声の違いに胸が苦しい。


「……若いの。お前は、ジェラルドと知り合いだったのか。息子というわけではなさそうだが、お前は何者だ」

「そう若くねぇよ。わざわざそんな呼び方をして、そう聞くってことは、大方察しがついてるんだろ」

「やはり、そうか」


ウィルがお父様と知り合い。
そういえば、ウィルが雇われたのは、父の失踪が発覚したのと同時期だった。
でも、なぜそれをステフが――……。


「お前もあの子らと同じ。……いや」


――お前()、竜の子だったのだな。












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