お荷物令嬢と幸せな竜の子
どこかでフクロウが鳴いてる。
「はー……。あー……」
隣で、見知らぬ雇われ護衛(?)も。
「屋敷から追い出された私を差し置いて、あなたが泣かないでくれない? 」
あの後、夜を待って荷物をまとめて屋敷を出た。
今夜だったのは、時間をおけばおくだけ辛くも悲しくもなるし、勢いもなくなるから。
「そう言われてもね。俺だって、捨てられたも同然なんですよ。こんなに尽くしてきたってのに、あんまりだ」
「……ごめんなさい。知らなかったわ。うちとは、どれくらいの付き合いだったの? 」
「かれこれ、一月くらいですかね。あの坊ちゃんに見つかったのは。あー、身を粉にして働いたってのに」
(………)
そりゃ、知らないはずだ。
ちょうど、父があまり家に帰らなくなってからではないか。
どうせ、次々と見切りをつけて辞めていく者の代わりにとミゲルが雇ったのだろう。
「それで、どうするおつもりで? こんな時間に出るから、初日から無駄に野宿とは。スリルをお求めなのも今のうちですよ」
「別に、スリルなんか求めてないわよ。ただ、ディアーナに気づかれないようにするには、この時間が一番だったの」
真のプリンセスみたいなディアーナは、朝が早い。
お花に水をやる彼女は、早朝から輝くばかりの美しさだ。
もちろん、夜中の素顔も我が妹ながら可愛さ爆発なのだけれど。
「どうせバレるんですから、ちゃんとお別れすればいいじゃないですか」
「ダメよ。そんなことしたら、一緒に行くって言って聞かないもの。ミゲルじゃないけど、あの子は私みたいに強くないの」
「……妹君は、可憐な観賞用のお花ですか。それでよく、仲良し姉妹でいられますね」
ディアーナの悪口なのか、私への皮肉なのか。
どっちにしても苛ついたけれど、だからこそ無反応でいることに決めた。
「そんなことより、今更だけど名前は? 」
「必要ありますか」
「あるわよ。やりにくいじゃない。あ、私のことも“姫さん”なんて、思ってもないふざけた呼び方やめてよね」
肩書きだけだと暗に仄めかされて失笑されるのは、慣れてはいても傷つかずにはいられないままだ。
「片目。坊ちゃんはそう呼びますんで、あんたもそれでどうぞ」
男の声に動揺はない。
相変わらず、本心の見えない飄々とした雰囲気。
なのに、なぜかヒヤリとして、思わずそのあだ名の由来であるだろう、彼の顔を見つめてしまった。
「ミゲルと同じなんて嫌よ。それに、私が知りたいのはあなたの名前」
「どっちでも同じでしょ。呼び名がないと不便だってんなら、それで足りますよ」
確かにそうだ。
それが本名なら、もちろん呼びたいけど。
片目。異質。異端。
そんな理由でついた名なら、誰だろうと呼びたくない。
本人がいいと言っているのに、その方が余程勝手かもしれないけど。
「じゃあ、私の好きに呼ぶわ。瞳からつけたのなら、ブルーとかスカイとか。うーん、髪色から取ってもいいけど」
「安直ですねぇ。お空に申し訳なくて、上向けなくなりそうなんですが」
「卑屈なのか横柄なのか分からない人ね。何でもいいって言ったくせに」
「んなこと、一言も言ってませんけどね。……っと、暢気にニックネーム付け合ってる場合じゃなさそうだ」
言葉とは違って彼の声はまだ間延びしていて、暗闇に光る双眼との差異を頭が理解できない。
「おっと。泣いたり暴れたりしないでくださいよ。言ったでしょ。あんまりお荷物だと置いてくって。屋敷を出てすぐにそれだと、さすがに金にならないんでね」
――怖い。
何を見てそう感じたのか。
食欲しかなさそうな獣か、いつの間にかピタリと止んだ鳥の声か。
そういえば、初めて見る真っ暗闇か、それとも――……。
私に話しかけているはずなのに、ちっともこっちを見ずに剣を構えた彼のことか。
――何と呼ぼうと、彼は得体の知れない男でしかないという事実なのか。