お荷物令嬢と幸せな竜の子
「狸寝入りで、人の告白を盗み聞きですか。悪い姫さんだ」
「起きてたら、言ってくれないじゃない」
振り払われると思ったのに、後ろから回した私の手にウィルは自分のものをそっと重ねた。
「言ったでしょ。初めてが化け物なんて、悲惨ですよ」
「ウィル」
ウィルは化け物なんかじゃない。
でも、これまでの経験から、ウィル自身がそうとしか思えなくなっているのなら。
「初めてでも、そうじゃなくても。それが好きな人じゃない方が、ずっと辛い」
「……っ」
ウィルじゃないと悲しい。
ううん、ウィルじゃないと嫌だ。
それは、ただの私の希望だから。
だから、ウィルの気持ちも私にあることを願ってしまう。
「この広い世の中、普通の人間で溢れてるってのに。あんたを幸せにできるのは、俺だって言うんですか」
「そうよ。でも……」
無理強いはできない。
さっきのは、私の耳が都合のいいように聞いただけだったのだろうか。
この重なった手も、幻覚なのかと。
「……参った。さすがに、あんたにそこまで言われちゃね。これまで生きてきて初めて、俺が幸せにしたいなんて竜の血が騒ぎました」
「……それ、あんまり竜は関係ないんじゃないかしら」
そう不安になったのは一瞬でいられたはずなのに、図太いと思っていた私の涙腺は、こんなにも脆く決壊してしまうのか。
「だったら、これは何なんでしょうね。出逢ったのがあんたで、毎日忙しくて。拒まれても、必要とされていなくても守りたいなんていう感情は」
「……だって、それはウィルが……」
拒絶されたと思っていた。
この気持ちは、ウィルのそれとは違うんだと。
手を伸ばしてはいけないと思ったら、距離を保つことしかできなくなった。
「……好きだ」
だって、これ以上近づいたら。
触れてしまったら。
「せっかく、知らないふりをしてあげたのに。……馬鹿な姫さんですね」
もっとって、勝手に求めてしまう。
「馬鹿はあなたよ。自分が幸福の竜なのに、関係ないステフの鱗を剥ごうとしたの? 」
「バレましたか。だって、こういうのは視覚効果が大事ですから。俺から貰ったって、有難みがないでしょ」
振り向いて、目を見てちゃんと伝えてくれて。
馬鹿だと相変わらずひどいことを言いながら、ウィルは涙が止まらない私の頭から背中まで優しく撫でた。
「……そういえば。惚れた女の為なら、竜すら利用するか」
今気づいたと呆れた声を出すステフには目もくれず、泣いて笑って忙しい私に注がれるのは、これ以上ないくらい甘いもの。
「減ってもすぐ生えるんだろ。……ただ惚れてるだけじゃない。俺の姫さんだ」
ウィルの胸から顔を上げられない。
焦れたような、ステフがいるからか、そのままでいてほしいというような。
どちらにしても愛情しか感じられない指先が、私の頬をひと撫でした。
「さて。肌寒くないですか。そろそろ帰りましょう」
「……でも」
事態は何も変わっていない。
私がやるべきことが見えてきた気がするのに、このまま感情に流されていいのだろうか。
「……続きはまた明日。あんたの体調がよければ、ですよ」
「だ、大丈夫よ。ちょっと驚いただけで。お父様の話をステフからもウィルからも聞けて……嬉しかった」
それなら、もうふらふらしていられない。
くっついたウィルの身体から腕を離すと、なぜか機嫌を損ねたのかウィルが鼻を鳴らした。
「帰ったら、もっと話してあげます。……どうせ、もっと楽な道があるだろ。教えとけ」
「誰彼構わず来てもらっては困るのでな。もちろん、受けてもらえるなら近道を教えるつもりだった。確かに、今日は帰った方がいい。ここは少し冷えるし……」
ステフの視線につられて天井を見上げたけれど、特に何もない。
ステフが人型ではなく、元の姿に戻った時の為か、すごく高いけれど――……。
「……響くからな。後は部屋でやれ」
(……!! )
「ですって。帰りましょ」
「な……な、に、響……」
「知らなくていいです。言ったでしょ。帰ったら、俺が教えてあげますから。ほら」
(……う……)
そんな顔で、手を差し伸べられたら。
居心地悪いほど甘い気分も増して、触れずにはいられなくなる。
――もう少しだけ、もっと、堪能させて。