お荷物令嬢と幸せな竜の子



サミュエルは二人が駆け落ち同然だと言ったけれど、少なくともそれだけは正しかった。


「あの野郎がすべてを教えてくれるわけはありませんし、教えてくれたことが正しいとも思ってません。逆に言えば、俺たちが傷つくこと……互いを想って別れる理由になることは、きっと事実なんだろう」


二人が国を出た理由。
駆け落ちだったというなら、それはつまり誰かに反対されて落ち延びたということだ。


「竜酔……俺も、そんな人間がいることは知ってました。人間が幸福の竜を見つけたがったように、竜にとってもそんな伝説があったんですよ。嘘だか本当だか、お伽噺の類に近い噂話。その人間に出逢ったら、たちまち溺れて……理性を失ってずっと執着したり、狂って食ってしまう竜もいたとか」


自分と異なる種族がお伽噺になる。
「ただの人間」である私たちが、彼らにとっては物珍しいだなんて。
人間が「普通」だと勝手に思っていたのが滑稽で、クスリと唇から音が漏れた。


「それが、姫さんの母方の血だそうです。幸福の竜と同じくらい、眉唾ものだと思いますけど。……でも、国ではそうじゃなかった。だから、二人は逃げざるを得なかった……んだと思います。そのへんは、はっきり言わなかったんで想像ですが。そう考えると、あの男が姫さんを連れ帰りたいのも、坊っちゃんが無理難題吹っかけてあんたを逃がしたのも説明がつく」

「私を生贄にでもしたいのかしら」

「んなこと、暢気に言わないでください。大問題でしょうが」


そうは言っても、自分がそんな稀有な存在だとは到底思えない。
だって、ずっと「珍しいくらい」平凡なお姫様だったのだ。
急にそんなことを言われても、どちらかというとそういう役回りはディアーナのような――……。


「待って、私よりもディアーナが危ないわ。人間が見たって可憐なプリンセスなのよ。同じ血なら、見栄えがいい方が狙われるに決まってる」

「……それについても、憶測でしかないんですけど」


珍しく、言いにくそうに伏せた瞼を見つめるうち、気づいてしまった。


「……そっか。だから、似てないんだ……」


独り言に反応して、ウィルは勢いよく顔を上げ――ゆっくりと、しっかり首を振ってくれた。


「俺は妹さんのことをよく知りません。でも、だからこそ言える。ジェラルドはあんたの話ばかりしてた。姫さんの父親は、あのお人好しですよ。そっくりすぎて、あんたに触れるたび、あのオッサンの顔がちらついて困ってるってのに」


思えば、本当にどうにもならないほど多額の借金があるのなら、ミゲルはディアーナを連れて逃げてもよかった。というより、その方が絶対によかった。
つまり、ディアーナは追われていないのだ。


(……私は……)


――私こそ、一体何者なのだろう。

ウィルの優しい冗談に笑いながら、コツンとその腕に額を預ける。

元々、お姫様でも何でもなかった。
貴族様のやること為すこと、何もしないでいることすら上手くできなかったのも、当然かも。


(……ううん、違う)


下手なくせに、上手くなろうとしなかったのを血筋のせいにしてはいけない。
結局のところ、私は私でしかないのだ。
その背景に思いもよらなかったことがあろうと、何も変わらない。
そう信じていなくちゃ、きっと呑まれてしまう。

――二人が逃げたものから、私が捕まってはダメだ。





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