お荷物令嬢と幸せな竜の子




それを知ってなお、自分が苦しんでまで私を想ってくれている。


「お父様の実の娘でも、“姫さん”でもない。それどころか、気味悪い存在かもしれないのに、変わらず好きでいてくれたの」


そんな私が、幸福の竜など欲しがる必要がどこにあるだろう。


「……馬鹿ですね。人間にも竜にもなれない化け物を愛してくれたあんたが、それを言うんですか」


さらりと――いや、しっとりと自分の気持ちを彼の声で囁かれ、一気に体温が上がる。


(……好き)


こんな状況でもこんなに反応してしまうなんて、もうそれしかないではないか。
半ば諦めのような、幸せな開き直りをしかけたところでウィルは余計なことを続けた。


「それに、ここまで言ってまだ分からないんですか? あんたは、俺のことが大好きだ。そんな、生半可じゃ到底無理なその気持ちは、心からのものだと疑いようもないが。初めて人を好きになった俺の気持ちは」


――あんたのその、血のせいかもしれない。


「俺があんたに惚れたのは、竜の血がいくらか()ざってるせいかもしれない。伝説みたいな狂った惚れ込み方もせず、まさか喰うこともしないで人間同士の恋愛みたいに緩やかに進めてるのは、俺が純血じゃないからかもしれない。……そんなふうには、思わないんですか」


ウィル本人が言うには、もう嫌だとすら感じなくなっていたこと。
それを私のせいで蒸し返されて、そのうえ私に気持ちを疑われているかもしれないと悩まないといけない。


「……思ったけど。でも……」

「でも? 」


ここまできて言い淀むのを許さないというように、ウィルの指が頬を捕らえた。


「それでもいいと思った。……ごめんなさい」


ウィルはこの数日、真剣に思い悩んだというのに。
私ももちろん悩んだけれど、この話がまだ終わらないうちから既に答えは出ている。


「な……んで、あんたが謝るんですか。悪いのは、邪悪なのは、どう考えても俺が、化……」

「ウィルが竜の子だから、私の血に抗えないかもしれなくても。目立った容姿も、秀でたものが内面にあるのでもない。そんな私を想ってくれてるのが本当なら、それでいいと思うの。ウィルにしたら、本当の意思とは関係なく、強制的に好きにさせられてるってことなのに。自分勝手な結論に至って、それが変わらないと思ってるから。だから……ごめんね。そんな、めちゃくちゃな存在に好かれて、ごめ……ん……」


唇を塞いでもまだ、ウィルは迷っていたと思う。


「……あんた、血以外は自分が平凡だと思ってるんですか? 勘弁してください。……ちょっとくらい、俺の気も察してくれ」


それなのに、私の背中がベッドに着地したのは。


「それが嫌なんですよ。……俺は、あんたにそう納得してほしくなかった。美人じゃないのに好かれたのが、血のせい……おかげだなんて。こんなことなら、化け物だって叫ばれた方がずっとましだ」


(私の意思だ)


「……そこまで、はっきり言ってないんですけど」


ウィルは私の為に悩み、迷ってくれた。
だから、私は迷わないし、この想いを信じて貫き通す。


「言っときますけど。たとえ本当に姫さんの血が特別で、そんなおかしな力があるんだとしても、俺は半端者です。ステフにすら大して効かなかったものが、どっちかというと人間に近いらしい俺にそう効果があるとは思えませんから。あんまりふんぞり返ってると、愛想を尽かして置いていきますからね」

「……そ、そういえば確かに」


サミュエルや周辺の人たちがそう信じていたって、結局のところ竜にとってもお伽噺や噂に過ぎないのだ。
彼らが大騒ぎしてるからって、当の竜には大して効果はないのかも。


「だから、血がどうのって安心してないで……せいぜい、普段の変なあんたでいてください。俺は血の匂いじゃなくて、めちゃくちゃなあんた自身に惚れたんですから」


――だから、今のまま。俺の姫さんでいて。


胸に秘めようとした決意は、きっと見透かされたのだろう。
無意識に力を込めた拳を、そんな甘い囁きとともにウィルはそっとベッドの上で開かせてしまった。







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