お荷物令嬢と幸せな竜の子
ウィルの重みが、いつまで経っても感じられないのが寂しい。
「……ユリ」
目線だけで、催促してしまった。
初めてなのにその恥ずかしさも怖さも上回るほど、私は焦れているの。
「あんたの状況は、普通とは違う。だから、遠慮したり我慢したりしないで、嫌になったらすぐに言ってください」
そんな私に苦笑して、ふわりと頭を撫でた。
この期に及んで色気を限りなく消した触れ方は、今なら戻れると言われたようで切ない。
「そうかもしれない。でも、初めてだから、言わなかったら分からないのに」
「んなわけあるか。さすがに、知識だけはそれなりにあるでしょ。その歳で、まるでなかったら怖いんですけど」
「し、失礼だし、そう思うんだったら、ムード壊さないでよ」
普通だと、言えばよかったのかな。
でも、ウィルのこれまでを知らない私が、そんなこと軽々しく言えない気がした。
「あんたが寝ぼけたこと言うからですよ。……おぞましいって、禁忌だとすら言えるかもしれないことを、あんたはしようとしてる。だから、普通よりも怖くなって当たり前なんです。あんたが初めてだろうが、この先そうじゃなくなったとしてもそれは同じ……」
「ウィル」
あまりに酷くて、遮るのが遅れたのが悔しい。
カッと頭にきているのに、彼のこれまでを想像して悲しかった。
「私にとっては、これがウィルじゃなかったらと思う方が怖いわ。私が望んだのに、これから先も誰にも禁じさせたりしない。それがウィル自身だろうと」
好きな人と結ばれるのに、なぜ禁忌になり得るの。
「借金から逃げるどころか、追われる立場になるかもしれませんよ。……俺はあんたに逢うまで、自分みたいな悲劇を生まないようにって思って生きてきたんです。まあ、あんたみたいな変わり者がいなかったのもありますが」
竜酔と呼ばれる存在を探しながら、愛されることは望まずに生きてきたなんて。
想像を絶するほど悲しくて、寂しくて、切なくて、苦しい。
そんな人生を歩んできたのに、どうしてウィルはこんなにも優しいのだろう。
「ウィルこそ、覚悟して。私の血が何であれ、私と一緒にいたら……」
――悲劇になんか、絶対にさせない。
「ああ、そうですね。あんたといたら、何だって喜劇だ」
「本当に失礼ね。もうちょっとくらい、ロマンチックにもなるわよ。……たぶん」
「だったら、もっと色気のあること言ってくれませんかね。もしくは、ちょっとくらい黙るとか」
笑いながら口づけてきたのに、その唇が離れた時には泣きそうですらあった。
「……ずっと待ってた。ウィルに触れさせてくれるのを」
「格好いいですけど。化け物とはいえ、俺も男なので。台詞、奪わないでくれますか」
だって、本当にずっと、この時を待っていた。
ずっと、その隠された部分に触れたかった。
触れてもいいと言ってもらえる日を、恋い焦がれていた。
「……怖く、ないですか」
手の甲に、ウィルの前髪が触れてくすぐったい。
指先から伝わる感触は、最初は人肌のもので――ゆっくりと初めて触れるものへと変わっていく。
「うん。ありがとう、ウィル」
信じてくれて。
信じたいと思えるほど、好きでいてくれて。
「だから、俺の台詞ですよ。変な女でいてくれて、ありがとうございます」
「……どっちが色気ないのよ」
せめてもの強がり。
色気がないのは台詞だけで、ウィルの瞳も声色も、顔色を窺いながら私の手をその皮膚へと連れていく掌もすべて――これ以上ないほどの甘い艷やかさが溢れていた。
「……ありがとう。俺の為に、強がってくれて」
(強がったのは、そっちじゃないのに)
幸せだと囁かれると、訂正する気にはなれなかった。
竜の姿のステフとも違うウィルの肌は、たとえ人間とも違ったとしても私に恐怖を生むことはない。
その証拠に、次に「愛してる」と紡がれた時には、触れるだけだった指先が、完全に彼の肌を包んでいた。