お荷物令嬢と幸せな竜の子



「そう、俺の姫さんは思い切りがよすぎる」


背中に別の剣先が触れ、サミュエルは両手を挙げた。


「揃って物騒な真似をなさるんですね。なぜ、そう私を目の敵にするんです? やっていることは貴方も同じではありませんか。……要は、竜の(つがい)になるのでしょう? 相手が本物の竜か、どちらにも属さない半端者かの違いだけ」

「そうだな。その伝説とやらが本当なら、その半端な血のおかげで、俺は好きな女を喰わずに済む」


どうして、そんなにも冷静に返すことができるのだろう。
怒るどころか淡々と答えるウィルに、私はどうしようもないほど弱いのに。


「どちらも間違ってる。私はただ、好きな人といたいだけよ」


好きな人が竜だったなら――それがウィルだったのなら、竜の花嫁にでも喜んでなろう。
たとえ、生きる時間が違っても、それがどれだけ悲しくても、私は側にいることを諦めない。


「……まったく、強情な方だ。聞いていた話だと、もっもすんなり着いてきてくださると思っていました。それもあの方の……ジェラルドの思惑どおりということか」


そうかもしれない。
ウィルに逢うまでの私は、暢気に生きているようで自分の意思があまりなかった。
もしかしたら、父の死を知って失意ののちに運命だと受け入れてしまったかもしれない。


「そこは、俺のせいだって言ってほしいね」


ウィルのおかげだ。
父が引き合わせてくれて、本当に感謝しているから。


「ええ、貴方のせいで不快極まりない。獣人風情が、甘い言葉で私の大切な人を(そそのか)すとは」

「……大切? 一緒にするな。俺は、大切なものを他に貢ぐような真似はしない。お前はそういうのが趣味なのか」


どちらの、どの揶揄が彼らの逆鱗に触れたのか。
元々張り詰めていた空気が限界を迎えたように震え、亀裂が入る。


「……お前に、何が分かる」

「……っ」


サミュエルが低く唸り、一瞬生まれた隙にウィルの腕を払う。


「……やれやれ。時間切れ、のようですね」


私たちは、彼の何も知らない。
それでも口調や表情がまるで別人のようだと感じた瞬間に、サミュエルは僅かに頷き、いつもの調子に戻してきた。


「今は引きますよ。……そう、お望みなら」


何もしないと、両手のひらを私に見せて微笑む。


「だから、その剣を仕舞ってください。貴女を傷つけたいわけでも、彼らを悲しませたいわけでもない。ただ、私なりの守り方が……大切にする方法があるだけ。もう少しだけ私のことも見てくだされば、きっと伝わると思いますよ」

「竜に下げ渡すのが守り方か? 俺に人間を語る資格はないかもしれないが、男として理解できない」

「下げるとは。つまり、竜の方が格下……つまり獣に過ぎないと。竜でも人でもないモノが、よく優劣を決められるものだ」


剣先と私の首筋の間に指を滑り込ませ、もう片方の手で私の手首へと触れようとしたのをウィルが阻む。


「つまり、捧げるとでも言いたいのか」

「……おっと。危ないではないですか。彼女に当たったらどうするつもりです」

「俺は姫さんに、傷なんかつけない。たとえ、言い伝えどおりに気が狂ったとしても」


ウィルは狂ったりなんかしない。
私こそ狂いそうなくらい好きだと、どうしたら伝わるのだろう。


「だといいですね。では、ユリアーナ様。また」


返事をしない私に、苦笑ではなくなぜか優しく微笑んだサミュエルは――……。


(……本当に、敵……? )


分からない。
分かったとしても、私のやるべきことは変わらないのだと思う。
何だかまだ見逃している気がしてモヤモヤしている私を、悪態を吐きながらウィルがぎゅっと抱きしめてきた。
文句はたくさんあるだろうに、それを私の耳に入れることなく甘い吐息に変えて。









< 50 / 50 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

引きこもり婚始まりました

総文字数/110,748

恋愛(キケン・ダーク)75ページ

表紙を見る
おいで、Kitty cat

総文字数/69,157

恋愛(純愛)52ページ

表紙を見る
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop