お荷物令嬢と幸せな竜の子
「はぁぁ……せっかく落ち着いたのに、ウィルさんどっか行っちゃったまま、帰ってこないし。あたしの癒やしが……。ユリ、あんたも明るいうちに帰りなよ。最近、どこも物騒だからさ。とは言っても、うちに住んでるんだから帰るも何もないか」
「ふふ。ありがとうございます」
女将さんのウィル推しは相変わらずなのに、悪いことをした。
(……ウィル、帰ってきてくれるかしら)
私には出せない問いの答えを思うと、自分の笑い声があまりに空虚に聞こえた。
普段日常的に、どれほど彼に頼り切っているかの証明だ。
皮肉を言われた瞬間は確かに腹が立つものの、これほど気分が沈まないのはウィルはやっぱり優しいから。
帰って来なくても仕方ない。当然の権利だし、自由だ。
私が借金を返すことないと言ってくれた以上に、彼に付き合う義務はないのだから。
「あっ、この人だよ! 竜を探してるってお姉さん」
「こら、ウィリー。お姉さんはお仕事中だ。邪魔したら悪いじゃろ」
落ち込んでいるところに客足が減ってきて、手持ち無沙汰だと余計に暗い考えが襲う。
そんな時にバンっとドアが開いて、小さな男の子が駆け寄ってきた。
「えー、でもさ。じーちゃんだって、語りたいくせに。昔、ドラゴンに会ったって話、嘘だったの? 」
「嘘じゃないが。お姉さんも、仕事中にいきなり年寄りから昔話を語られても困るのさ」
(可愛い)
おじいちゃんの武勇伝を自慢したいとウズウズしてるのは、十にも満たないくらいの男の子。
私が接する機会があったのは、親に連れられて嫌そうにしていたり、慣れきって上手に愛想笑いをしていたり、自らの立場を理解してふんぞり返ったような子たちばかりだったから、こういう無邪気な態度は新鮮だ。
「大丈夫ですよ。ドラゴンの話、是非聞かせてください」
孫の手前、多少脚色はあるかもしれないけれど。
これも情報収集だ。
人が集まる宿屋で働くというのは、経済的なことだけじゃなくてこういうメリットもあったんだ。
「……しかしな。ここじゃ、どうも……」
「なんでさ。いつも、自慢そうに話してるくせに」
(あ、やっぱり。ちょっと捏造がありそうね)
あんまりたくさんの人に話すのは、気恥ずかしいのかも。
ウィリーの手前、今更話を小さくすることもできないだろうし。
「変なじーちゃん。じゃあさ、お姉さんをうちに招待しようよ。ね、いいでしょ? 」
「ウィリー。お姉さんを困らせるんじゃない。……すみませんな。辺鄙なところで育ったもんで、友達に会うにもこうして村へと降りないといけなくて寂しいのでしょう」
「……やだ、お姉さんと話聞きたい。じゃなきゃ、帰らないー! 」
友達が近くにいなくて、新しい話し相手がほしいのだろう。
まったく違えど、似た境遇に思えて切ない。
(……ウィル……)
偶然、彼の名前と似ているのも。
「分かりました。じゃあ、お邪魔していいですか? 」
「それは、もちろん。ですが、本当にご迷惑では」
「やった! おいでよ、お姉さん。お姉さんも、たまには休憩しないと! 」
(……たまには、いいか)
幸い、もう上がっていいと言われたことだし。
おじいさんの遠慮も掻き消されるくらい、ウィリーは大喜びしてくれている。
本当の本当にもしかしたら、有力な情報もあるかもしれない。
ウィリーに手を引かれながら、淡い期待を抱いていた。
――なのに。
「ね……ねえ、おうち、まだなの? 結構歩いたけど……」
感覚としては、歩いたというより山を登ったに近かった。
歩道から外れ、獣道に逸れたのはかなり前。
都度、ウィリーの「頑張って! あとちょっとだよ」に励まされてどうにか歩いてきたけど、暗くなってきたこともあって疲労と不安が襲う。
ウィルだって、もう帰って来ている頃じゃないだろうか。
もし――……。
「うん、そうだね。そろそろいいかな? 」
「だな。お疲れさん。……ったく、人をじーさん扱いしすぎだぜ」
(……え……? )
「似合ってたからいいじゃない。上手くいったしさぁ。お疲れさま、おばさん。……ま、これからもーっと大変かもしれないけどね? 」
――もし、まだ私といてくれるのなら。